カテゴリ:
かねてから台湾ファンやアジア映画ファンの間では話題になっていた、『湾生回家』(2015年、台湾)というドキュメンタリー映画がある。

湾生とは日本統治時代に台湾で生まれ育った日本人のことだ。彼らは終戦を機に日本本土へ引き揚げを余儀なくされ、懐かしい故郷である台湾は「異国」に変わる。そんな故郷への喪失感を抱えつつ後世を生きることになった。

湾生は約20万人にのぼったとされるが、戦後の複雑な日台関係史や、満洲などからの引揚者と比して台湾引き揚げ者は相対的に環境が恵まれていた(これは逆に、悲惨すぎる満洲引揚者に配慮して台湾引き揚げ者たちが声を上げづらい要因となった)ことなどから、彼らの存在感は従来は希薄だった。戦後史のなかで日本でも台湾でも忘れられた存在となっていたと言っていい。

この、現在は高齢となった湾生の老人たちに取材してその声を丹念に拾い、彼らの台湾への帰郷の様子を伝えたドキュメンタリー映画が『湾生回家』だ。台湾での公開時には公称16万人を動員する、このジャンルの映画としては異例の大ヒットとなった。

wansei1

ところがこの『湾生回家』、作品のエグゼクティヴプロデューサーを名乗って日台両国での関連イベントにしばしば出席し、同名の著書(内容は映画と異なる)を刊行してベストセラー作家になっていた仕掛け人の自称「田中実加」氏の経歴詐称や絵画の盗作が発覚。年末年始にかけて台湾国内で大炎上状態となった。

『湾生回家』は昨年12月、台北代表処(事実上の台湾大使館)と日華懇によって衆議院第一議員会館で親台派議員の重鎮たちの前で上映されるなど、台湾政府の対日友好外交に活用されたほどの作品だ。

また「湾生の孫」を自称した田中実加氏が日本国内で登壇した映画関連イベントは台北代表処の台湾文化センターが、同じく彼女が台湾国内で開いた湾生の帰還イベントは当時の交流協会(事実上の駐台日本大使館)が、運営や告知などに協力をおこなっていたことも確認されている。

このかなりデカい事件の全体像とその関連事情について、日本ではなぜか関連報道が不思議なほど少ないので、関係者に取材して講談社の『COURRiER Japon』のに寄稿したのが以下の記事だ(当分は同誌のWEB会員以外も全文を読めるのでお早いうちに)

dada
経歴詐称で国際的炎上中! 「日台の絆」映画の仕掛け人、自称・田中さんが巻き起こした大騒動

◆◆


ちなみに映画『湾生回家』それ自体はまともなドキュメンタリーであり、仕掛け人の経歴詐称と映画それ自体は切り分けて考えるべきだという意見が関係者以外からも出ていて、私も同様の考えである。なにより、戦後史に翻弄された湾生たちが日台両国の歴史の裏に大勢いたことは事実、映画とそれにともなう台湾国内の湾生ブームが、湾生たちに戦後70年ぶりに光を当てたことも事実なので、この企画自体は意義深いものであったはずだ。

また、こういう記事を書いておいてなんなのだが、取材過程で日本側の配給会社(単館・ミニシアター系の国内外の映画配給を多く手がけている)はかなり先方に不都合であろう問い合わせに対しても責任感を示して答えており、この手の不祥事に対応する際の企業の姿勢としては、むしろ取材前よりも強い信頼性を覚えさせるものだったことも付記しておきたい。

(大手の会社ではなかなかやらない、いいアジア映画の配給をやっている会社だ)


ただ、日本人の湾生を主題としていて、日本人や日本語ができる台湾人が制作にかかわり、現在も日本国内で公開中で、しかも日本の国会議員が大勢で作品を鑑賞し、日台両国の大使館級組織が経歴詐称者のイベントに協力していた映画の仕掛け人が日本人を自称する経歴詐称をやって炎上した話が、なぜかレコードチャイナなどの翻訳報道と産経新聞の短い記事1本以外は、わが国でほとんど報じられていないという不思議な事態が起こっていた。

これはやはり詳しい事情を記録しておかなくてはならぬと考えて、上記の記事を書かせてもらった次第である。