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下記は 2016年12月06日配信のメルマガの記事の一部を再編集したものです。

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先日、あるイベントでブロガーのもっきー氏に会った。こちらのブログの作者だ。

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題名はネトウヨみたいだが、実はまったくそうした内容のブログではなく(こちら参照)、作者は在日コリアン(※以下「在日」と略す)三世として朝鮮学校の小学部に通った経験を持つ22歳の女性だ。

映画『GO』なんかでも描かれた、朝鮮総連系の在日子女の教育機関・朝鮮学校の日常の思い出を軽いタッチで綴っていて、文章に恨み節や差別的な表現などは見受けられない。リアルのご本人についても、ブログのノリとは違ってかなり論理的で大人っぽい人だった。

もちろんもっきー氏の母語は日本語なので、私たちとの会話にはまったく支障はないし、言葉遣いや発音の違和感すらもない。ただ、朝鮮語の単語に言及するときは発音がネイティヴ(しかもテレビなどで聞き慣れた現代のソウル音とは明らかに違う発音)になるので、どことなくエキゾチックな雰囲気を感じさせた。


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ブログを拝見したうえで話を聞いてみるに、朝鮮学校はやはり平均的な日本人にとってみれば驚きの異空間だ。

校内の表立った場所では、たとえ単語レベルでも日本語を使うと叱られる。ただし生徒だけではなく先生方も、北朝鮮から派遣されてきた人は勤務しておらず、日本で生まれ育った在日の2世3世ばかりだ。ゆえに朝校生は、北朝鮮の語法・発音に日本語のクセが混じった、独特の朝校言語を話すことになる。

例えばもっきー氏自身、語彙や発音に隔たりが大きい韓国のドラマは、字幕を見ないと理解できないことがあるという。なので「韓国人と会話したら『なんだその発音w』と笑われちゃった」「私たちは世界のどこにも通用しない言語を喋っている」と彼女は自嘲する。
 
(ただ、実際はネイティヴの北朝鮮人に対しては、韓国人よりも在日の朝校出身者のほうが言葉が通じやすい可能性もある。もっきー氏本人は確かめていないようだが、非常に気になるところだ)。

ちなみに朝鮮学校は、以前は校舎に北朝鮮の国旗を掲げていた。だが、もっきー氏が小学部に入学した翌年に小泉訪朝で拉致事件が表面化したためか、やがて校舎の外から確認できる北朝鮮国旗は消えた。外部に無用な刺激を与えることを避けたのだろう。

純粋に内部向けの場でも、彼女が小学部卒業を控えた2007年ごろには運動会の会場から北朝鮮旗が消え、かわりに統一旗が掲げられていたという。朝鮮学校の幹部層を占める総連系の在日の人々もまた、北朝鮮本国のイデオロギーの代弁者たることをこっそりとやめはじめているのかもしれない。

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事実、たとえ校内では100%の朝鮮語会話が強制されても、生徒は内輪では朝日両語のチャンポン語「チョボンマル」で話してばかりだ。しかも、これは退勤後の先生たちですら同様である。テレビをつけてもスマホを開いても豊富なジャパニーズコンテンツがあふれ、朝校生といえども服装やメイクは日本風になる。成長するに連れて、日本人との恋愛や結婚、日本籍への帰化も静かに進んでいく。

戦後71年が経ち、在日の中心は2世どころか3世の世代に移った。総連系は韓国系の在日(また、在日老華僑なども)と比べて言語やアイデンティティの固有性を保つ傾向が強いが、それでも1980~90年代生まれの3世になると、朝鮮半島は非常に縁遠い存在になる。

在日コリアンは日本の内部ではかなりメジャーなマイノリティ(なんか変な表現だが)とはいえ、「総連系」に限定すると私たちは驚くほど何も知らない。映画『GO』の主人公やもっきー氏のような、ノンポリタイプの若者層に関してはなおさらだ。

非常に刺激的で、勉強になった土曜の午後だった。


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ところで北朝鮮といえば、近ごろフェイスブック経由で興味深い報道を目にした。金日成総合大学への留学歴を持つロシアの北朝鮮専門家、アンドレイ・ランコフ氏が仏紙『Le Monde』に語った、北朝鮮が崩壊しない理由の分析である。

去核化或将导致朝鲜政权垮台  (ラジオ・フランス・アンテルナショナル(RFI)中国語版)

(↓上記記事のもとになった『Le Monde』インタビュー原文。画像クリックで元記事へ)
Lankov

以下、RFIの中国語報道の記述をベースに、意訳した要旨を箇条書きで述べよう。日本でおなじみの北朝鮮崩壊論とは、明らかに異なる視点でアプローチした同国の姿が見えてくる。

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・北朝鮮が飢餓やクーデターの危険に瀕しており崩壊寸前だという見立ては誤まりである。もちろん金政権は残酷であり、国民から恐れられているのだが、一方ここ15年間で経済は(注.北朝鮮なりに)大幅に発展した。

・現在、多くの北朝鮮国民は配給こそ得られていないが、自分でカネを儲けて食料を買うことができるようになった。これは食料の一切が配給頼りだった金日成時代や、食料難に苦しんだ金正日時代と比較してずっと「よい」社会状態であり、ゆえに金正恩の国民人気はとても高い

・経済発展によって人々が国外の自由を知り、やがて体制変革を起こす……などということは、10年前ならさておき、現在はもはや「ありえない」。なぜなら、経済発展のもとですでに形成された北朝鮮のニューリッチ層は、社会に混乱をもたらす体制変革を望んでいないからだ。

・北朝鮮のニューリッチ層や一部の官僚層にとって、現体制下で有した権益は体制の崩壊後には無効化してしまう。また、体制が崩壊すれば南北統一が視野に入るが、こうなると彼らは韓国の資本家との競争になり、到底勝ち目がない。ゆえに彼らは北朝鮮の体制の存続を望んでいる

・いわゆる「北の核」についても、北朝鮮の新興中産階層は常備軍の軍拡よりは核武装の方が費用対効果がよいと割り切り、核武装が完了すれば国家は費用を民生方面に振り向けるだろうと考えている。

・また北朝鮮当局側も、イラクのフセインやリビアのカダフィの二の舞となることを恐れている。そのために重要なのは外国からの内政干渉を排除することで、核武装はそのために最も有効な方法だ。北の当局は、核の放棄がすなわち体制継続の放棄に直結することをわかっている。

・中国は朝鮮半島の安定が第一であり、北朝鮮の核放棄のために本気の制裁はできない。核を持ち危険な北朝鮮と、内戦に陥った北朝鮮、韓国に飲み込まれた北朝鮮……という3つのシナリオはいずれも中国にとって不愉快だが、そのなかでは第一の選択肢が比較的マシなのだ。北朝鮮当局もそれをわかって好き勝手に振舞っている。

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……さて、経済発展下で「世論」を大きく左右し得るような新興中産階層が生まれ、庶民もまた国内での成功モデルであるその仲間入りを目指す(体制をぶっ壊す革命をやるより、この方がずっと安全で現実的な努力なのだ)。そして、この階層の人々は体制の維持を志向する。ゆえに、国外から見れば不条理極まりない体制が潰れず延命する。

そんな指摘は、北朝鮮の体制側の論理に取り込まれた荒唐無稽な言説だと一笑に付してよいものだろうか? だが、中国やベトナムの現地社会にある程度は深く触れたことがある人なら、こうした新興中産階層の姿と政治体制のあり方には既視感があることだろう。

思えば改革開放政策がスタートしてからしばらくの中国の社会は、ランコフが語る北朝鮮の社会とやや似た構図だった。ゆえに、国外の識者は中国崩壊論や民主化論を唱え続けたが、豊かになりはじめた新興中産階層(新富人)層は政権の転覆や民主化なんかは求めず、中国は結果的に体制を維持している。同じ東アジア文化圏の社会主義国であるベトナムも似たところがある。

(↑往年の中国も相当メチャクチャで、現在の中国B級ニュースの10倍くらいカオスな事件が頻発していた。この時代に中国ライターをやりたかったなあ)


北朝鮮の体制が崩壊した場合、日本には大量の難民が押し寄せ、現在の欧州を震撼させている難民問題がまったく対岸の火事ではなくなる。防疫体制が不十分な北朝鮮からの伝染病(結核やコレラなど)の再伝播の危険性が懸念されているほか、治安の悪化による日本人側の反発の広がりやヘイトクライムの発生なども容易に予測できる。

また、仮に北朝鮮の崩壊後に南北が統一しても韓国がそれを支えられるのか、中国やロシアは国境のすぐ向こうに米軍が駐留する状況を容認できるのかなど、他にも懸念が山積みだ。日本も韓国も中国もロシアも、わざわざ面倒ごとを増やしたいとは考えていない。

北朝鮮については、現体制を温存もしくは、同じ領域に何らかの緩衝国家政府が成立したうえで、同国当局が段階的に改革開放政策を拡大していくのが、いちばん穏健な未来と言わざるを得ないのではないだろうか。もちろん北朝鮮の人権問題は深刻だし、何より核の脅威はおそるべきものだが、体制が消滅したら消滅したで別のパンドラの箱が開くのである。

金正恩が暗殺や病気で命を落とし、後継政権が閉鎖政策を撤回する可能性も無視できない。


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ところで、仮に北朝鮮が改革開放政策に踏み切った場合、人件費がアジアで最も安く、かつ労働者が勤勉で我慢強く、日本との文化的な差異も小さい新興国がわが国のすぐ隣に生まれることになる。

かつて内戦続きだったベトナムやカンボジアが、21世紀になってから対外投資のニューフロンティアになったように、仮に北朝鮮が改革開放政策を採用すれば、面白い未来がやってくるかもしれない。平壌にちょっと土地を買うだけでウハウハになれると考えると、なかなか興味深い話だ。

事実、かつて長引く内戦とポルポト政権の虐殺政策で国土が荒廃しきったカンボジアは、いまや中華圏から不動産物件を買いに行く人が殺到しており、分譲マンションの総合開発に参入する日本企業が出ているほど、ビジネス的に熱い国に変貌している。
 
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↑プノンペン空港付近にある日系企業開発の巨大マンション、ボダイジュ・レジデンス。昨年11月の現地取材途中にたまたま立ち寄ってみたら、2017年末完成予定ながらすでに8割くらい部屋が売れており、モデルルーム見学に来ていた香港人のおばちゃんと茶飲み話ができた。
 

やがて北朝鮮がそんな土地に変わった場合、朝鮮学校の出身者は、世界で唯一日本だけが持つ貴重な人材資源に”化ける”。

北朝鮮人に近い言語を流暢に話し、幼少期から北朝鮮のアニメや絵本に触れて育ち、学校教育のなかで北朝鮮国家の内在論理を教育された日本語人材というのは、実は脱北者を除けば韓国にも中国(朝鮮族)にも存在しない。しかも朝鮮学校出身者の場合、日本語がネイティヴであり、日本社会とのカルチャーギャップを持たないという特性を持つ。ビジネス面で日本と朝鮮半島北部をつなぐうえで、究極の切り札になる存在なのだ。

ちなみに1970~80年代に日本に定住した南ベトナム難民の子孫は、近年のベトナム進出ブームのなか、企業で日本語とベトナム語の能力を重宝されているらしい。彼らの間では日越の間に立った起業の動きも活発だ。



もちろんベトナムやカンボジアとは違って、現時点での北朝鮮は国際的孤立を深める危険極まりない閉鎖国家だ。11月30日に国連安保理は6回目の制裁決議を採択した。日本も独自の制裁を検討し、韓国もこれを歓迎する姿勢を見せている。

だが、禍福は糾える縄の如しという。いつか北朝鮮が意外な未来に突き進んだとき、本稿で述べたような視点が活きるかもしれない。

日本社会のマイナーなマイノリティ、総連系在日コリアン。こっそり継続して注目しておこうかなと思う次第なのである。
 
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↑中国領の延辺朝鮮族自治州から見た北朝鮮のローカル駅。2007年8月安田撮影。