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【書評:毛沢東とトランプの共通点は?】中野信子『サイコパス』

カテゴリ:
サイコパス (文春新書)
中野 信子
文藝春秋
2016-11-18




<構成>
はじめに 脳科学が明らかにする「あなたの隣のサイコパス」
第一章 サイコパスの心理的・身体的特徴
第二章 サイコパスの脳
第三章 サイコパスはいかにして発見されたか
第四章 サイコパスと進化
第五章 現代に生きるサイコパス
第六章 サイコパスかもしれないあなたへ
おわりに

<簡評>
気鋭の脳科学者の著書。硬いタイトルに反して極めて一般向けの内容で読みやすい。個人的にもこの手のテーマは好きである。
まずは本書の「はじめに」で紹介されている、サイコパスの特徴を以下に列挙しよう。

・外見や語りが過剰に魅力的で、ナルシスティックである。
 
・恐怖や不安、緊張を感じにくく、大舞台でも堂々として見える。 
・多くの人が倫理的な理由でためらいを感じたり、危険に思ってやらなかったりすることも平然とおこなうため、挑戦的で勇気があるように見える。
 
・お世辞がうまい人ころがしで、有力者を味方につけていたり、崇拝者のような取り巻きがいたりする。 
・常習的にウソをつき、話を盛る。自分をよく見せようと、主張をコロコロと変える。 
・ビッグマウスだが飽きっぽく、物事を継続したり、最後までやり遂げることは苦手。 
・傲慢で尊大であり、批判されても折れない、懲りない。 
・つきあう人間がしばしば変わり、つきあいがなくなった相手のことを悪く言う。 
・人当たりはよいが、他者に対する共感性そのものが低い。 
・(※これ以外に「異性関係・性的関係の放縦さ」も入る)

私は上記を一見した瞬間に「毛沢東」という名前が浮かんだが、実際に本書を読み進めると毛沢東のサイコパス属性が指摘されており、非常に納得してしまった。「私は天下の大乱を好む」と言い切り、自分の言動によって何千万人の死者が出ようと意に介さなかった毛沢東は、確かにサイコパスと呼んでよい人格的特徴の持ち主だ。

また、書中に指摘こそなかったが、中国のもう一人の「建国の父」である孫文も、生前にはワンマン気質と大ボラ吹きと重婚(しかもロリータ・コンプレックス)で有名であり、サイコパスに分類されてもおかしくない人物だったと考えていい。ある意味において、現代中国は2人の巨大なサイコパスによって作られた国だという見方もできる。

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もっとも、中国の政治家ばかりをやり玉に挙げるのは片手落ちだろう。サイコパスの特徴と合致する人物は(下記のリンク先の記述が真実であれば)、昨今話題の「例の候補者」についても当てはまる。


> トランプはどんな話題でも5分も集中できないのです。自己顕示欲を満足させる話題であればともかくですが、それにしたって…
 
> ビジネスの電話で、トランプは時に相手をおだて、時に威張り散らし、そして時に激怒した。だが、それらはすべて計算づくだった。
 
> 彼は、いついかなるときでも自分が言うことはすべて本当であるか、あるいは少なくとも本当であるべきだと信じてしまう能力をもっているのです

上記の『WIRED』記事は、2017年1月から米国大統領に就任するドナルド・トランプを「Sociopath (ソシオパス;社会病質者)だと指摘する。アメリカのリベラル陣営を代表する皮肉家のマイケル・ムーアも、たしか同様の表現でトランプを呼んでいた。

本書の記述にもとづけば、サイコパスとソシオパスはほぼ同様の人格的特徴をあらわす言葉のようだ。心理学・生物学といった立場から病因の遺伝的要因を重視する研究者は「サイコパス」、社会学・犯罪学などの立場から病因の後天的な環境による形成を重視する研究者は「ソシオパス」と呼ぶ傾向が強いとのことである。

トランプの政治的主張への嫌悪感にもとづく偏見やミスリーディングが相当に混じっている可能性もあるとはいえ、次代の米国大統領についてのこうした視点からの理解が可能であることは覚えておいて損はないだろう。



サイコパスはもともと、悪事への罪悪感や他者への共感性が極度に低いある種の犯罪者の人格を説明するために生まれた、診断上の概念であった。ただ、近年の研究の進展によって、政治家や経営者といった高い決断力や判断力を必要とされる職業の人々にも、サイコパス的な気質の持ち主が多いことが明らかになってきているという。事実、本書の出版前にも下記のような記事が出ている。


 
本書はカナダの犯罪心理学者、ロバート・ヘアの説を引用したうえで、サイコパスには「標準」「操縦」「男性的」の3タイプが存在すると述べる。この3者はいずれも罪悪感や良心の呵責・共感能力の欠如という「情動」の特徴こそ共通しているが、その他の面において違いが認められるという。

すなわち、「標準」型は「情動」のほかにも、「対人関係」(他者を利用し、不誠実)、衝動性(常に刺激を求め、無責任で計画性がない)、反社会性(犯罪や非行との親和性を持つ)といったすべての因子を併せ持つ標準タイプだ。一般にサイコパスとしてイメージされる連続殺人犯などは多くがこれに該当するだろう。

いっぽうで「操縦」型は特殊であり、「情動」「対人関係」の特徴はサイコパスそのものだが、「衝動性」や「反社会性」はそれほど強くない。政治家や経営者になるような、社会的に成功をおさめていくサイコパスは多くがこのタイプである。一見すると魅力的で多くの取り巻きを持つが、内心は野心と自己愛だけに満ちており、他人を騙して利用し尽くしても良心が痛まない――と、どこかで見たことがあるような性格の持ち主だ。

最後の「男性的」型は、「情動」「衝動性」「反社会性」を併せ持つが、本人に魅力が薄く他者を利用する能力が低いタイプとなる。当人の能力が低いのにやたらに居丈高で攻撃的で、弱者いじめを好むという。いかにも魅力に欠けた人格だが、田舎の半グレのヤンキーなどによく見られそうなタイプである。

この分類が正しいとすれば、おそらく毛沢東やトランプは「操縦」型のサイコパスに該当するのだろう。

◆◆

もっとも、本評を読んで少なからぬ方がすでに感じているのではと思うが、特定の人物を対象とした安易なサイコパス(もしくはソシオパス)認定は、政治やビジネスの世界における敵対者へのレッテル貼りや、一種のヘイトクライムとして機能し得る性質もはらむ。一見、客観的に見える医学や社会学の衣をまとっているだけに、この種の言説の持つ危険性は非常に大きい。

トランプはサイコパス。習近平はサイコパス――。これはまだいいかもしれない。

安倍晋三はサイコパス、小池百合子はサイコパス――。確かに各人当てはまる部分もあるかもしれないが、軽々しく言ってよいものか。

俺の商売敵はサイコパス。選挙の対立候補とその支持者どもはサイコパス。○○教徒や△△人にはサイコパスが多い――。ここまで来ると実に危ない。

本書はなかなか興味深く、またサイコパスという人格類型そのものも、私たちの知的好奇心を強く刺激する存在だ。ただ、あえて本書の問題点を指摘するなら、上記に言及した危険性についての著者の目配りが、全体的にそれほど充分ではないように思える点だろう。

本書は読みやすく、誰でも手に取れる一般書だ。ゆえに、その内容がはらむ「毒」が、非専門家たちにとっても恣意的に使いやすそうな形で提示されている点はちょっと心配になる。

危険水域の線引きは、実に難しいものなのだ。


 ――――――
※上記はメルマガ「つれづれ亜州観望記」2016年11月22日配信号のコンテンツの一部を再編集したものとなります。 

【書評】福島香織『赤い帝国 中国が滅びる日』

カテゴリ:

赤い帝国・中国が滅びる日
福島香織
ベストセラーズ
2016-10-26


 
<構成>
序章:習近平政権がはらむチャイナリスク
第一章:習近平は暗殺されるのか
第二章:戦争は勃発するのか
第三章:経済は崩壊するのか
第四章:中国のメディアは死んだのか
第五章:中国五つのシナリオ

<簡評>
日本人が中国にしばしば戸惑う隠れた要因のひとつは、日中両国の政治や社会の「速度観の違い」だ。中国はとにかく変化が速い国で、十年一昔どころか半年一昔と言っていいくらい、政治・経済の情勢や社会の様子がくるくる変わる。ことに2012年秋の習近平体制の成立後はなおさらだ。

著者も述べるように、前任者の江沢民・胡錦涛時代にはなんとなく「読めた」中国の動きは、習近平政権下で非常に読みづらくなった。鄧小平の遺志にもとづいた集団指導体制が敷かれ、合議のもとでそれなりに合理的な意思決定がなされてきた従来と比べ、現在の習近平体制は習の個人独裁色が強い。

なので、習近平の頭の中をのぞかない限りは中国の未来は見えない――。

いや、習本人もよくわからないまま進行している事柄や、習に擦り寄ったり反発したりして独自の動きをとる人たちが大勢いることを考えると、誰一人として国の未来がわからない状態になっているのが2016年11月現在の中国だと言うべきだろう。

個人がそんな中国の現在を追いかけることは難しい。そこで必要になるのは、中国語が理解できて、イデオロギー面での偏りが少なく(もしくは本人の思想傾向を事実関係の取捨選択や紹介にあまり反映させず)フットワークが軽い、情報の良質なまとめ人を何人かフォローすることだ。

こうした意味で、著者は現在の日本の一般向け中国書籍の書き手のなかでは有数の信頼できる人である。本書は、題名と装丁はかなりおどろおどろしいものの、中身は安定感のある現状解説の書になっている。

任志強事件、雑誌『炎黄春秋』の事実上廃刊、東シナ海の中国軍機と自衛隊機の異常接近、天津の大爆発事件、株価の乱高下、AIIBと一帯一路構想、革命歌を歌う美少女アイドルユニット結成、人権派弁護士の大量拘束、香港の銅鑼湾書店事件、広東省烏カン村の騒動、多発する日本人のスパイ容疑拘束事件……と、本書が紹介・解説を加える話題は多岐にわたる。

いずれも日本国内で単発のニュースとして読み流す限り、日々消費されて消えていく「中国の話題」だ。ただ、良質な中国書は、こうした個々の事実に一定の連関性を見出して、最大公約数的な説明要素を抽出して読者の前に提示していく。

この定義において、本書は「良質」だ。読みやすい文体も読者にとって助かるだろう。

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本書の特色として、第一章の習近平に関する記述で、一般的に怪しげとされがちな「香港情報」を積極的に紹介する手法を取っている点が挙げられる。

著者のこの手法には賛否もありそうだが、文中でその信頼性に一定の留保をつけ、現地から可能な限り裏取りの談話を聞いたりしたうえでの紹介なので、つとめて良心的な情報の取り扱い方だろう。中国の最高指導者の素顔は公開情報からだけではほとんど見えてこない。一定の「怪しさ」を腹に飲み込んだうえで大胆な仮説を展開することはときに必要となるからだ。

一方、本書に問題点があるとすれば、ひとつは現代中国についての予備知識がまったくない人への目配りがやや弱い点(ただ、このブログやメールマガジンを購読するような人であれば、この点はほとんど問題ない)。もう一点は、やはりこのタイトルと装丁だろう。

本書に限った話ではなく、現代の日本の出版業界で中国を扱う一般書やムックが世に出る場合、出版社が営業的に安定した数字を出す必要から、真っ赤なドロドロした装丁やどぎついタイトルが付けられる場合が多い。商業出版は社会の要求が常に反映されるからだ。

私はこの傾向は困った話だと思うが、一方で社会において中国本が出版されなくなる&売れなくなると(少なくとも私個人としては)知的欲求の充足の面でも生活維持の面でも、もっと困った事態になる。かく言う私自身、「ドロドロ系」装丁の雑誌やムックなどに寄稿する機会は多いが、これは現代の日本において中国にたずさわるライターが、安定的に仕事を継続していくために負わざるを得ない宿業の一種として割り切るしかないと考えている。本書もまた、この種の「宿業」を負っている。

ただ、本書の内容は、このタイトルや装丁に「引く」ような健全な感覚の持ち主たちにこそ、本当は伝わってほしいものだ。中国は世間で煽られるほど不安定な国ではないが、一方で図体が大きいだけにリスクの総量も多大である。

本書は読み手の感情をむやみに煽らない、冷静なチャイナリスク解説本なのだ。


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※上記はメルマガ「つれづれ亜州観望記」のサンプル記事の原稿を再編集したものとなります。

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