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カンボジアでブイブイいわせすぎている中国

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昨年末、いろいろあってカンボジアに2回行くことになった(詳しくは2月5日売りの『SAPIO』3月号にも寄稿している)。今回はその際に見聞きした現地事情を紹介しておきしたい。

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上記のように、郊外の遺跡でドローン飛ばして空撮をやって、現地の良い子のヒーローになっていたオーストラリアのジャーナリストを見つけたときもビビったのだが、それ以上にプノンペン市内で驚かされたのが、中国のあまりの存在感の大きさだった。


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プノンペン国際空港からプノンペンSEZ(経済特区)に向かう途中の道路には簡体字の看板や中国系商店・ホテル・レストランが大量に立ち並ぶ。いちおう、カンボジアの法律では外国語の看板を出す際はクメール語の併記が義務付けられているらしいのだが、あまり守られていない(もっとも、カンボジアの社会はまともにすべての法律を守るほうが難しいくらいだが)。

ある商店に入って中国のスポーツドリンク「脈動」を買ってみたところ、店主一家は湖南省から来ていた。後述のように中国はカンボジアにインフラ整備関係で多額の援助をおこなっており、それにともなって本国からやってくる中国人労働者向けに店を出しているように見えた。

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なかでも、プノンペン市内南東部のKoh pich (ダイヤモンド・アイランド)地区は街全体が中国系企業(カンボジア華僑資本や台湾・シンガポールなどの企業も進出している)によって開発されている「中国島」だ。

島内には、一昔前(胡錦涛時代)に中国の地方都市に多く建設された、かの国特有の安っぽいけれどド派手な建築様式の政府庁舎を思わせるシティホールや、ほぼ中国人観光客専用と思われるインチキ欧州風のショッピングモールもあり、なにやらカンボジアではなく雲南省あたりの地方都市に来たような、微妙な気分にさせられる。

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金の袋をかかえたうさぎ。かわいくない。

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シティホールの前に据えられた中国製の謎のイルカ。やはりかわいくない。

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あ、これ雲南省とかでよくみるやつだ。
 
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ガイドに連れてこられた中国人専用ショッピングモールのなかで宝石にむらがる人たち。


ほか、Koh pich地区ではシンガポールの名物高級ホテル、マリーナ・ベイ・サウンズを模した巨大ホテルや、パリの凱旋門を模したオブジェなど、バブリーな建築物の建造工事が着々と進行中である。大量の高層マンションと数百軒ともいわれる欧風別荘も建築が進んでいて、現地の情報によれば中国国内で中国国内で派手な投資ができなくなった中国人富裕層の人々が次々と不動産の「爆買い」に訪れているという。

島内の案内看板は、クメール語と英語と中国語の三か国語。中国語表記は簡体字なので、中国大陸からの影響が強いようだ。


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データを見ても、カンボジア経済における中国の存在感は明らかだ。2015年、中国によるカンボジアへの投資額は2億4100万ドルで、各国シェア1位の30.7%を占めた(ちなみに日本は3900万ドルで5%、シェア7位。数年前までシェアは1%代だった)。

援助の分野でも差がついている。日本は従来、カンボジアの最大の援助国で、同国への各国別援助額の20%程度を常に拠出してきたが、ゼロ年代後半から中国の援助額が一気に伸びはじめ、2010年にはついに日本を逆転した。現在、中国による対カンボジア援助額は日本の数倍に達し、いまやカンボジアは「国家予算全体の5%くらい」(JICA関係者談)の資金を中国に頼るに至っている。

プノンペン市の北東、トンレサップ川に、1994年に日本の援助で建設された「日本カンボジア友好橋」という橋がある(余談ながらこれは2代目で、1966年に架けられた初代は内戦時にクメール・ルージュによって爆破されている)。だが近年になり、これと並行する形で、中国が「中国カンボジア友好橋」を建設してしまった。

ほか、2023年にプノンペンで開催予定の東南アジア競技大会(SEA Games) の競技場も、中国が多額の借款を提供して建設を決定。あちこちの道だの橋だの公共施設だのもばりばり作っている。

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市内で中国企業が建設中のビル。めくれ上がったカンボジア国旗が悲しい。
 
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その工事現場の下で、中国人用のHなお店の広告を見つけた。おいおいなにやってんだ。 


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カンボジアへの投資額や援助額で日中格差がついていること自体は、仕方ない部分もある。

そもそもカンボジアは、プノンペンSEZのような経済特区を除けば賄賂なしでは(事実上)ビジネスが困難な国だ。コンプライアンスを真面目に守る先進国の企業が、悪事に手を染めてまで進出することはデメリットも大きい。実際、この国では日本のみならず欧米企業もおおむね苦戦しており、中国・韓国・台湾・マレーシアあたりの、その気になればエグい手も取れる国の企業の独壇場となっている。

また援助にしても、国の財政難のなかで日本のODA予算の全体額は縮小を続けている。

金額のボリュームで他国と競うより、人材育成や技術供与のようなソフト面で日本らしい支援をやったほうがいい、というのも現今の日本の状況に照らして考えれば悪くない方針だ。対外援助の本来の理念に照らしても、金額面で中国に抜かれることはあながち嘆くべき話でとも言い切れない。

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……ただし、やはり懸念せざるを得ないのはこうした中国の存在感が、政治に与えていく影響だろう。

カンボジアは"いちおう"民主主義国家なのだが、人民党のフンセン首相が30年近くにわたり権力を握り続けている。中国の莫大な投資と援助による利益や、それに伴う莫大な不透明資金は、フンセン・ファミリーをはじめとする権力層に思い切り流れ込んでいるとされる。

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中国から借款
中国企業が道路や橋や行政機関のハコモノを建設
建設費用の数分の一~半分くらいが賄賂的なカネに変わる
中国は政治・経済的影響力を増し、カンボジアの政治家はポケットが潤ってwin-win
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思い切り簡単に説明すすらな、こういう構図がある。地元のカンボジア人から「フンセンは中国から国に借金をさせて、そのカネをポケットに入れている」と陰口を叩かれるゆえんだ。

カンボジア国民の対日感情はかなり良好だが、政府は中国が大好きである(もっとも、多くの国における「親中」と「親日」は、白黒のどちらか一方をビックリマンシールのように貼ったり貼り返したりするものではなく、濃度の可変こそあれ並存するものなのだが)。


昨年に大きな話題になった南シナ海の件でも、カンボジア政府は中国に忠誠を尽くした。あまりソースが確かな話でもないのだが、この際に日本の大使館関係者がフンセン首相に「中国支持をやめてもらえませんか」と要請する一幕もあったそうだが、フンセンは言下に断ったという話もある。

今後、仮に東シナ海において中国が日本への侵略的な軍事行動を起こした場合も、カンボジア政府はほぼ間違いなく中国を支持するだろう。

日本は1990年代、内戦後間もないカンボジア情勢の安定のために自衛隊のPKO派遣をおこない、明石康氏を代表としたUNTAC(国際連合カンボジア暫定統治機構)にも主体的にかかわってきた(当時、日本人文民警官の殉職事件も起きている)。

現在もなお、日本はカンボジアに対して円借款・無償資金協力・技術協力を合わせて毎年100〜数百億円規模の経済援助をおこない続けてもいる。

だが、恒産なければ恒心なしという。カンボジアはいまだに貧しい国で、手っ取り早くお金をもらえる方になびくのは仕方ない部分もあり、彼らの「心変わり」を責めるのはやや酷な話でもある。

とはいえ、なんとも切ない気持ちにさせられるのが昨今の情勢への感想だ。


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 上記はメルマガの記事の一部を改稿・再編集したものです。


 

ある亡命中国人漫画家の『ワイルド・スワン』

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私は中国人や台湾人から話を聞くのが好きである。特に都会の現代っ子の若者からではなく、そこそこ歳をとっている人(40代以上)や、若者でも両親や一族との仲がよくて昔の話をよく聞いている人がいい。なぜなら彼は、現在の社会階層や経済力にかかわらず、いかなる人であっても本人や家族がそれぞれものすごい過去の歴史を抱えているからだ。

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↑鄧小平(中央)がおこなった改革開放政策(右)と天安門事件(左) 。これらにより中国の社会は「安定」した。(Copyright:辣椒)  

例えば私の数歳年上の台湾人の友人は、お父さんが外省人1世の元軍人(ただし参軍は戦後)でお母さんがインドネシア華僑。ご家庭は1950年代まで国民党の残党が戦っていたビルマ東北部にも何か縁があるらしい。2015年夏に『週刊プレイボーイ』の抗日戦争勝利70週年記事でお父さんに取材させてもらったときは、台湾に住む「中国人」の歴史観や国際認識を聞かせてもらって非常に面白かった。

また、別の台湾人の友人はおじいさんが浙江省出身で国共内戦を戦った中華民国軍人で、お父さんが外省人2世の国民党支持者、お母さんが本省人の民進党支持者で、選挙のたびに家のなかでプチ抗争がはじまるのだという。

ほかに中国大陸でも、山西省の閻錫山軍閥の財務高官の娘の子で、満洲旗人の血も引く貴族の出にもかかわらず、社会主義革命と文革で人生が一変した李さんという人がいる(拙著『境界の民』「黒いワイルド・スワン」という章で詳しく書いたので、知りたい人は読んでみてほしい)。

東西線沿線の某繁華街でチャイナパブを経営している上海出身の50歳前後の女性は、老紅軍(中国革命に参加した兵士)の娘で子ども時代は軍人コミュニティの特権的な環境で育ち、上海大学卒業後に青年士官と結婚したが離婚。傷心を抱えつつ、当時はあこがれの国だった日本にやってきて、いろいろ苦労しているうちにチャイナパブのママさんにおさまってしまった。彼女は上海に残ったり他国へ移民した親戚や友人がけっこう出世するなか、自分の人生に思うところもあるようだが、「日本は暮らすだけなら環境がいいからまあいっか」と割り切って、今日も日本の疲れたシャチョーさんを相手に水割りを作っている。

戦後70年以上にわたり政情が安定している日本と違い、中国の安定はせいぜいここ四半世紀、文革終了から数えても40年ほどの話だ(台湾の場合も、民主化からわずか30年も経っていない)。中国人や台湾人にとって、動乱や政治迫害はごく身近な過去であり、また場合によっては現在進行形でわが身に降りかかるものですらある。

ゆえに、彼らの話は面白い。本人やたった一世代前の人が動乱の当事者であり、話の迫力が違うからだ。ユン・チアンの『ワイルド・スワン』さながらの物語は、動乱の時代を生きていた中国人なら、どの家でも形は違えど似たような話があった。

「面白い」といって不謹慎ならば「興味深い」と言い換えても構わない。


【ある亡命中国人漫画家の著作】

以下、本稿で著書を紹介する中国人漫画家・辣椒も、そうした興味深い人生を余儀なくされた一人だ。

中国のウェブ上で人気の風刺漫画家だった彼は、やがて習近平政権下でご政道批判が一線を超えたとみなされたことで、事実上の日本亡命を余儀なくされた。そんな彼の日本での初の単行本が下記である。


 
本書は4コマ漫画であり、辣椒本人が中国国内で当局から受けた弾圧の実態、習近平本人の個性やネット世論工作を用いた個人崇拝の演出、中国抗日ドラマや反日教育の裏事情、日本や台湾の政治への辣椒自身による論評、中国の「紅白」に相当する大型番組・春聯の政治的な裏事情、人民解放軍の裏事情、辣椒の両親の物語――と、内容は多岐に及ぶ。

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↑辣椒が描く現代中国の女性のイラストはけっこう色っぽくて好きである。作中には習近平の娘・明沢も美人設定で登場する(Copyright:辣椒/新潮社) 

辣椒はネット出身の風刺漫画家であり、ネット言論統制の批判や抗日ドラマの裏事情の暴露といった話は、数年前まで中国のネット上に存在した「いちびり精神」を正しく継承している感があって面白い。

いっぽうで第9話で展開される日本の安倍政権や反安保デモについての話は、やや生臭さが強くて個人的にはエピソードの収まりがよくないと感じる(むろん、私も往年の反安保デモの参加者たちはちっとも好きではなく、その主張にもあまり賛同する気になれないのだが)。

やはり本書において別格に興味深いのは、まず本人の実体験にもとづく当局からの弾圧の詳細についてだろう。中国の民主派の人々が「中国版ゲシュタポ」と陰口を叩く国保局員による尋問「被喝茶」(問題人物に対してお茶を名目に面談をおこない圧力をかける行為)や、それを受けた側の安全対策、実際に拘束された際の獄中描写などが、当事者によるマンガのかたちで視覚的に知れるのは極めて貴重だ。

また、私個人としては最終章の両親の話が心を打つ。

文革世代であった彼の両親は、当時は完全な辺境だった新疆ウイグル自治区に下放され、そこで辣椒をもうける。辣椒はなかなか両親と同居できなかったが、深く愛されて育ったことは本書中の描写からも明らかだ。

その後、彼が日本亡命を余儀なくされた後に母をガンで失い、葬儀の様子をネット動画を通じて眺めざるを得なかったエピソードは、大所高所に立ったどんな政治批判よりも強烈に現代の中国の問題点を描き出しているように思う。

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↑新疆を開拓させられた辣椒の母。現地の少数民族にとっては「侵略者」である漢人だが、当時は「侵略」する側もムリヤリ動員されており、苦労はすさまじかった(Copyright:辣椒/新潮社)


ちなみに著者の辣椒は、私が日本国内で天安門事件や中国民主化問題の関連イベントを取材しているとよく姿を見かける。ただ、反体制的な中国人がフラットな立場で自国批判をおこない、なおかつそれでごはんを食べていくには、日本というのはなかなか難しい部分がある国でもある(こちら過去記事を参照。辣椒の話も少し出てくる)。

本来、風刺マンガという軽妙洒脱な表現手段から中国の問題点を鋭くえぐる書き手は、本来日本人にとっても中国人にとっても非常に得難い存在であるはずだ。

彼が今後も筆を曲げることなく、かつ安定した亡命生活を送れることを……。いや、いつの日か正々堂々と中国に帰国して母親の墓参りができる日が来ることを、陰ながら祈らずにはおれない。


【参考】
 
辣椒の他の作品は、高口康太『なぜ、習近平は激怒したのか 人気漫画家が亡命した理由』でも豊富に掲載されている。辣椒本人のバックグラウンドについてはもちろん、かつては民主化の突破口として期待された中国ネット言論の衰退の経緯や、専制体制を受け入れてしまう中国社会の性質についても詳細に説明されているので、興味がある方はあわせて読んでみるといいだろう。

2月28日には、 辣椒と高口氏、東京大学准教授の阿古智子氏の3人で刊行記念対談も予定されている。



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 上記はメルマガの記事の一部を大幅に改稿・再編集したものです。

ある「ドロドロ本」著者の中国人の話

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以前、ある亡命中国人の著述家・P氏と会う機会があった。細かいプロフィールは伏せるが、在外華人社会では名のある人である(ただし、P氏は日本国外在住であり、日本国内でツイッターアカウントを解説したりTVに出たりしている人ではない)。

彼は中国語の演説や文章でキツいことを言っているが、総じて「まとも」な人だ。私が「現代の中国人の若者をどう思われますか? 彼らに中国民主化を担う期待は持てますか。もし持てるなら、どんな点があるでしょうか」と尋ねると、こんな答えが返ってきた。

「近年、台湾や香港の若者(の学生運動)は素晴らしいものだよ。往年、日本に留学して革命に邁進した中国人留学生たちも素晴らしかった。ただ、現在の大陸の若者は在外留学生を含めて、共産党の統治下で考えをスポイルされているし洗脳されている。実に残念だ。だが、諦めずに少しづつ意識の変化を働きかけていくしかない。たとえ何十年かかってもね」

舌鋒鋭く中国共産党を批判していても、現実的な問題点はちゃんと理解しているらしい。

事実、P氏の語り口はメリハリがあり、惹きつけられるものがあった。主張にすべて同意するかはさておき、彼が往年の中国の学生運動で大勢の人間を動かした当事者であったことも納得がいく。

もちろん、中国で学生や知識人の多くが本気で民主化の実現を信じて街に出た時代からすでに約30年が経っている。怒れる青年であった運動のリーダーたちも、いまや見た目も中身もおじさんになり、なにより性格が丸くなった。こう言っては悪いが、今後の彼らが中国の国内政治に対して重要な中心的役割を担う可能性はほとんどない。

ただ、さすがにリーダークラスの人の心を覗き込むと、往年の猛火の残り火はいくつになっても消えない。P氏もまたそんな一人だった。

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↑北京の街にいたコスプレーヤー。現代の中国は政治問題よりも若者の興味を引くことがたっぷりとある世の中である(2014年8月安田撮影)。

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ところで、このP氏。日本でも何冊か一般書の形で著書を出しているのだが、かなり過激な題名と装丁で、個人的にはちょっと敬遠したい嫌中本みたいな本が多い。当の私自身、ある知人から彼を紹介された当初は、一連の著書への偏見から会う話を断ろうかと思ったくらいだった。

だが、普段は某国で暮らすP氏は、在外民主化人士のなかでは比較的大物であり、その国の選挙権まで持つ極めて合法的な身分、まずまず大きな企業を経営するなど経済的にも困っていない。中国共産党に対してこそ鋭い口調で批判しているが、その素顔は穏健な性格と現実的な分析力を持った中国的知識人だ。

亡命中国人としてはかなり順調な後半生を歩む人が、なぜいまさら日本でアレな感じの本を売る行為に手を染めたのか。自分のキャリアに傷がつくことは考えなかったのか――? その謎は間もなく解けた。

私はP氏と仲良くなり、2時間ほど話し込む機会を得た。そこで判明したのは、P氏がほとんど日本語ができないことと、日本で彼の名で刊行された著作がほぼすべて既刊の中国語書籍の「翻訳書」であることだった。

つまり、P氏の著作は激烈な嫌中本だと思いきや、正体はおおむね普通の本だったのである。

思わぬ方面に迷惑がかかるとよくないのであくまで例えとするが、彼の中国語の原著のタイトルや装丁が仮に以下のような感じだったとする。確かに原著でも中国人が「不愉快」だとは言っているが(あくまでも例えだ)、そもそもP氏自身も中国人であり、まあそう言っていても変な感じはしない。

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だが、その本の日本版の「翻訳書」はだいたい下記のようになる(しつこいが、あくまでも仮の例えだ)。

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もちろん、私は日本市場向けに原題を変える行為自体が悪いとは言わない。地味な原典を目を引く装いの翻訳版に変えて紹介する行為は、むしろ関係者のプロの腕の見せどころだ(例えば映画『天使にラブ・ソングを…』が原題の『Sister Act』(シスターの行為)のままで公開されていたら、きっと日本であそこまでヒットしなかったに違いない)。

また、私は中国の悪口を言ってはダメだとか、「ドロドロした嫌中本」を一切出してはいけないとも思わない。著者が日本人なり、原稿を綴れるくらい日本語ができる中国人(台湾人でも韓国人でもそうだ)なら、自分の名前がついた本や記事をどういう形で世に出すかは本人の責任で判断するべきことだ。いい大人の商業活動なんだから当たり前である。

だが、中国・韓国・親日外国人あたりの話題に関する日本国内のテクストを知らず日本語もできない外国人の著作に、この手の「ドロドロ系」の演出を加える行為は果たしてフェアかという気はする。もちろん日本側の関係者は、著者にちゃんと説明をしているはずだとは思うけれど、そもそも相手は文化を異にする外国人だ。

(例えば日本人の私たちが『困った日本人』という日本社会をボヤく本を書いて、それを自分が読めない韓国語やインドネシア語で翻訳出版された際に『最低最悪の日本人 祖国侵略者のどうしようもない民族性』というタイトルで日の丸が表紙の本にされていたとして、たとえ事前に相手側から説明を受けたとしても先方の刊行意図をちゃんと把握できるだろうか?)


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また、上記に例として挙げた原書の『不愉快な中国人(仮)』が、仮に中国人の心性をぼろかすに批判した内容だったとしても、それでも原文の表現を読むと受ける印象は違ってくる。

昨年話題になった「保育園落ちた日本死ね」の話ではないが、書いた本人は本気で自国や自民族の滅亡を望んでいるわけではなく、なにか深刻な問題を訴えたくてキツい表現で自国の社会や庶民への憤りを示しているだけなのだ。

以下、上記の話に関連してちょっと引用しておこう。

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安田 (略)中国政府に批判的な中国人が現代の日本で言論で食っていく場合、いわゆる嫌中言説というか、右派の読者が喜ぶことを書く方向に行かざるを得ない場合が多いんですよ。真っ赤な表紙でドロドロした題名の書籍を出版したり、国家主義的な論者の方と連名で雑誌の見出しを飾ったりですね。そういう立場にしか商業的な需要がないので。

劉 保守的な媒体でも、自分の意見を載せてくれるならそれでいいのではないでしょうか。誰かに自分の思いが伝わるなら、形にこだわることはないでしょう?(略)

安田 もちろんその通りです。ただ、現実は残酷です。中国政府の批判だけじゃなく、自分の民族(=中国人)を日本人の視点から蔑視するような言説や、歴史修正主義的な言説への加担を求められたり、見出しや表紙の編集を通じて「そういう主張」を作られてしまう場合も多いんですよ。(略)

(略)

劉 本当に心が痛いです。中国人自身が自分の民族の精神的な宿痾みたいなものをえぐって批判しようとする言説と、無責任な中国蔑視論は本当は異なるものであるはずですから。

出典:安田峰俊・劉燕子 「嫌中か親中か」でしか中国を語れない、日本の閉塞 (講談社現代ビジネス)

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たとえ中国語の原書では「自分の民族の精神的な宿痾みたいなものをえぐって批判」する文章を書いていても、昨今の日本では「無責任な中国蔑視論」に変えられて世に出てしまう。その気になれば魯迅の本だって、邦題を変えて装丁やオビを工夫すればそういう雰囲気の本に仕立てることが可能だろう。結果として傷がつくのは本人の名誉だ。

私はP氏と初対面であり、自分で責任が取れない問題に無用なトラブルの種をまくのは好ましいことでもないと思ったので、日本語ができる中国人への相談することを勧めただけでそれ以上の詳しい説明は控えた。P氏は上機嫌で山手線に乗り、夕方の別の会食の予定先へと向かっていった。

……なんともモヤモヤした気持ちが残る、ある日の夕方だった。


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 上記はメルマガの記事の一部を大幅に改稿・再編集したものです。

知らぬ間に復活して知らぬ間に迫害されていた? 「開封のユダヤ人」

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昨年2月、私はWIREDの仕事でイスラエルに出張したのだが、それを契機に中国のユダヤ人に興味がわいて調べてみたところ、こんな記事を見つけた。

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↑画像クリックで『THE TIMES OF ISRAEL』の元記事へ
 
記事によれば昨年2月29日、エルサレムへ念願のアリヤー(イスラエルの地への移住)を果たした5人の中国系ユダヤ人の女性が、嘆きの壁で祈りを捧げたそうである。彼女らはいずれもイスラエルの最高ラビ法廷が設けた改宗試験に合格しており、ほどなくイスラエル国籍を取得できる見込みなのだという。

さらに調べてみると、類似の中国系ユダヤ人のイスラエル移住の記事は複数が見つかる。中国系ユダヤ人がイスラエル国防軍に入隊しましたという、なんだかわけがわからんが凄そうな話もある。

 开封犹太人庆祝逾越节 (『THE TIMES OF ISRAEL』中文版)

 开封犹太人加入以色列国防军 (『THE TIMES OF ISRAEL』中文版)


そもそも、中国には前近代に複数のユダヤ人コミュニティが存在したとされ、なかでも河南省開封のものが有名だ(開封のユダヤ人)。ただ、このコミュニティは明代には大きく衰退し、19世紀までには数百人規模に減少。清代の社会風俗を記した稗史『清稗類鈔』「宗教類」によると、彼らは「青回回教」と呼ばれており、周囲からはイスラームの一種であるかのように思われていたようだ。

もっとも、当事者たちはこの「青回回教」がイスラームだとは考えておらず、『清稗類鈔』には趙姓・金姓・艾姓など六姓七家の族人200人程度が独自の信仰を保持し、通婚も同胞の家族同士でおこなっているとする現地住民の証言が紹介されている。生活習慣や食習慣はほぼ漢人と変わらなくなっているが、彫りが深くて西方風の顔立ちの人が多いのだともいう。

ただし、彼らのコミュニティはこの時点ですでに崩壊寸前であった。やがて清末民国期になると、黄河の大洪水や社会混乱によってシナゴーグ(ユダヤ教の礼拝施設)も跡形もなくなってしまい、人々の外見もほぼ漢人と変わらなくなる(こちら参照)。

やがて中華人民共和国の成立後、開封のユダヤ人は政府の民族識別工作のなかで少数民族として認めてもらえず、漢族か回族として民族登記をおこなうこととなる。その後、社会主義化と文化大革命が最後のダメ押しとなって、開封のユダヤ人はほぼ消滅状態に陥ったとされる。


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では、上記の記事でアリヤーをおこなった中国系の「ユダヤ人」たちは何者なのだろうか?

答えを言うと、彼らや彼女らは近年になって、エルサレムに本拠を置く民間団体、シャベイ・イスラエル(以下、シャベイ)によって、事実上人工的に再復活させられた人々である。このシャベイは、全世界から「ユダヤ人の子孫」を探し出してユダヤ教やヘブライ語の「再教育」を施し、イスラエルへの移民を推進しているシオニストの財団組織だ。米国系ユダヤ人のマイケル・フロイント氏が創設者かつ代表者である。

シャベイは、以前はインド北東部にいるブネイ・メナシェという人たちのイスラエル移住支援をおこなっていた(で、ブネイ・メナシェたちはヨルダン川西岸やガザにガンガン入植していた)が、例によっていろんな問題が噴出して彼らへの支援は困難になる。

そこでシャベイは2005年から、すでに伝説上の民族に近い存在と化していた「開封のユダヤ人」にミッションのターゲットを変更したらしい。同年、シャベイ代表のフロイント氏は開封を訪問。現地に数百冊の宗教書を送り、集めた住民を前に「ユダヤ人の約束の地」を目指すことの意義を熱弁した結果、現代中国に「開封のユダヤ人」のアイデンティティを復活させることに成功した。

その後、2005年から現在までの11年間に、シャベイの働きかけによってユダヤ教に改宗した100人ほどの開封出身者が、「ユダヤ人」としてイスラエルに移民したと見られている。また、開封郊外には民営のシナゴーグが復活し、モーセの出エジプトを祝うペサハ(すぎこし祭)がおこなわれ、ユダヤ教の学習に精を出す「中国系ユダヤ人」が再び現れるようになった。

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もっとも、昨年5月ごろから衝撃的なニュースが報じられはじめている。

Is China cracking down on Jewish community in Kaifeng?  (ユダヤ系米国紙『Forward』)

中國河南開封的猶太教社群,近來遭到當局打壓 (『ラジオ・フリー・アジア』中文版)

前出記事とはやや時期が前後するが、どうやら習近平政権の成立後の2014年ごろから、開封のユダヤ人コミュニティは当局による圧迫を受けているという。中国当局はシャベイの指導下にあるユダヤ教学習センターを閉鎖し、国外のユダヤ人グループによる開封訪問も禁止しはじめているとのこと。現地のユダヤ人コミュニティの成員が当局による監視や尋問を受ける例もあるようだ。

ただ、中華人民共和国においてこうした事態が発生するのは、よく考えれば「当たり前」の話でもある。

なぜなら、21世紀にイスラエルのシオニストが人為的に復活させた「開封のユダヤ人」は、中国共産党が人為的にカテゴリー分けして設定している国内55の少数民族には含まれていない。加えて、中国におけるユダヤ教もまた、仏教やイスラームのように党の管理監督下に組み込まれた全国団体を有していないので、党による支配は事実上及んでいない。

中国国内における「開封のユダヤ人」とは、非公認民族かつ非公認宗教の信者という、当局の原理原則に照らして考えるならば実にヤバい存在ということになる。

現代中国において最も政治的に敏感なポイントである民族問題と宗教問題に抵触し、加えて(当事者的には体制に敵対する気はないはずだが)イスラエルのシャベイという「国外勢力」による露骨な働きかけが明確におこなわれているともなれば、なにかにつけイデオロギッシュな習近平政権のもとで彼らが何事もなくいられるはずはない。

21世紀になってからシオニストの手で人工的に民族のアイデンティティを持たされてしまい、そのわずか10年後にさっそく習近平の手で「迫害の民」にされてしまった開封のユダヤ人(実質的にはユダヤ教に改宗した普通の漢人)というのは、なんとも現代世界情勢の悲喜劇を象徴する存在だというよりほかはなさそうだ。

ちなみに、中国当局による開封のユダヤ人迫害の件は、米国のニューヨークタイムズも報じており、在米ユダヤ人社会を中心にひそやかに問題視する動きが広がっている模様である。

めちゃくちゃ地味なニュースながら、個人的に今後の推移が非常に気になっている話だ。

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↑エルサレム旧市街の高台から眺めた嘆きの壁と岩のドーム。2016年2月安田撮影。


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 上記は『東亜』2016年5月号の寄稿記事および、メルマガの記事の一部を再編集したものです。


朝鮮学校という不思議空間

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下記は 2016年12月06日配信のメルマガの記事の一部を再編集したものです。

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先日、あるイベントでブロガーのもっきー氏に会った。こちらのブログの作者だ。

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題名はネトウヨみたいだが、実はまったくそうした内容のブログではなく(こちら参照)、作者は在日コリアン(※以下「在日」と略す)三世として朝鮮学校の小学部に通った経験を持つ22歳の女性だ。

映画『GO』なんかでも描かれた、朝鮮総連系の在日子女の教育機関・朝鮮学校の日常の思い出を軽いタッチで綴っていて、文章に恨み節や差別的な表現などは見受けられない。リアルのご本人についても、ブログのノリとは違ってかなり論理的で大人っぽい人だった。

もちろんもっきー氏の母語は日本語なので、私たちとの会話にはまったく支障はないし、言葉遣いや発音の違和感すらもない。ただ、朝鮮語の単語に言及するときは発音がネイティヴ(しかもテレビなどで聞き慣れた現代のソウル音とは明らかに違う発音)になるので、どことなくエキゾチックな雰囲気を感じさせた。


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ブログを拝見したうえで話を聞いてみるに、朝鮮学校はやはり平均的な日本人にとってみれば驚きの異空間だ。

校内の表立った場所では、たとえ単語レベルでも日本語を使うと叱られる。ただし生徒だけではなく先生方も、北朝鮮から派遣されてきた人は勤務しておらず、日本で生まれ育った在日の2世3世ばかりだ。ゆえに朝校生は、北朝鮮の語法・発音に日本語のクセが混じった、独特の朝校言語を話すことになる。

例えばもっきー氏自身、語彙や発音に隔たりが大きい韓国のドラマは、字幕を見ないと理解できないことがあるという。なので「韓国人と会話したら『なんだその発音w』と笑われちゃった」「私たちは世界のどこにも通用しない言語を喋っている」と彼女は自嘲する。
 
(ただ、実際はネイティヴの北朝鮮人に対しては、韓国人よりも在日の朝校出身者のほうが言葉が通じやすい可能性もある。もっきー氏本人は確かめていないようだが、非常に気になるところだ)。

ちなみに朝鮮学校は、以前は校舎に北朝鮮の国旗を掲げていた。だが、もっきー氏が小学部に入学した翌年に小泉訪朝で拉致事件が表面化したためか、やがて校舎の外から確認できる北朝鮮国旗は消えた。外部に無用な刺激を与えることを避けたのだろう。

純粋に内部向けの場でも、彼女が小学部卒業を控えた2007年ごろには運動会の会場から北朝鮮旗が消え、かわりに統一旗が掲げられていたという。朝鮮学校の幹部層を占める総連系の在日の人々もまた、北朝鮮本国のイデオロギーの代弁者たることをこっそりとやめはじめているのかもしれない。

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事実、たとえ校内では100%の朝鮮語会話が強制されても、生徒は内輪では朝日両語のチャンポン語「チョボンマル」で話してばかりだ。しかも、これは退勤後の先生たちですら同様である。テレビをつけてもスマホを開いても豊富なジャパニーズコンテンツがあふれ、朝校生といえども服装やメイクは日本風になる。成長するに連れて、日本人との恋愛や結婚、日本籍への帰化も静かに進んでいく。

戦後71年が経ち、在日の中心は2世どころか3世の世代に移った。総連系は韓国系の在日(また、在日老華僑なども)と比べて言語やアイデンティティの固有性を保つ傾向が強いが、それでも1980~90年代生まれの3世になると、朝鮮半島は非常に縁遠い存在になる。

在日コリアンは日本の内部ではかなりメジャーなマイノリティ(なんか変な表現だが)とはいえ、「総連系」に限定すると私たちは驚くほど何も知らない。映画『GO』の主人公やもっきー氏のような、ノンポリタイプの若者層に関してはなおさらだ。

非常に刺激的で、勉強になった土曜の午後だった。


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ところで北朝鮮といえば、近ごろフェイスブック経由で興味深い報道を目にした。金日成総合大学への留学歴を持つロシアの北朝鮮専門家、アンドレイ・ランコフ氏が仏紙『Le Monde』に語った、北朝鮮が崩壊しない理由の分析である。

去核化或将导致朝鲜政权垮台  (ラジオ・フランス・アンテルナショナル(RFI)中国語版)

(↓上記記事のもとになった『Le Monde』インタビュー原文。画像クリックで元記事へ)
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以下、RFIの中国語報道の記述をベースに、意訳した要旨を箇条書きで述べよう。日本でおなじみの北朝鮮崩壊論とは、明らかに異なる視点でアプローチした同国の姿が見えてくる。

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・北朝鮮が飢餓やクーデターの危険に瀕しており崩壊寸前だという見立ては誤まりである。もちろん金政権は残酷であり、国民から恐れられているのだが、一方ここ15年間で経済は(注.北朝鮮なりに)大幅に発展した。

・現在、多くの北朝鮮国民は配給こそ得られていないが、自分でカネを儲けて食料を買うことができるようになった。これは食料の一切が配給頼りだった金日成時代や、食料難に苦しんだ金正日時代と比較してずっと「よい」社会状態であり、ゆえに金正恩の国民人気はとても高い

・経済発展によって人々が国外の自由を知り、やがて体制変革を起こす……などということは、10年前ならさておき、現在はもはや「ありえない」。なぜなら、経済発展のもとですでに形成された北朝鮮のニューリッチ層は、社会に混乱をもたらす体制変革を望んでいないからだ。

・北朝鮮のニューリッチ層や一部の官僚層にとって、現体制下で有した権益は体制の崩壊後には無効化してしまう。また、体制が崩壊すれば南北統一が視野に入るが、こうなると彼らは韓国の資本家との競争になり、到底勝ち目がない。ゆえに彼らは北朝鮮の体制の存続を望んでいる

・いわゆる「北の核」についても、北朝鮮の新興中産階層は常備軍の軍拡よりは核武装の方が費用対効果がよいと割り切り、核武装が完了すれば国家は費用を民生方面に振り向けるだろうと考えている。

・また北朝鮮当局側も、イラクのフセインやリビアのカダフィの二の舞となることを恐れている。そのために重要なのは外国からの内政干渉を排除することで、核武装はそのために最も有効な方法だ。北の当局は、核の放棄がすなわち体制継続の放棄に直結することをわかっている。

・中国は朝鮮半島の安定が第一であり、北朝鮮の核放棄のために本気の制裁はできない。核を持ち危険な北朝鮮と、内戦に陥った北朝鮮、韓国に飲み込まれた北朝鮮……という3つのシナリオはいずれも中国にとって不愉快だが、そのなかでは第一の選択肢が比較的マシなのだ。北朝鮮当局もそれをわかって好き勝手に振舞っている。

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……さて、経済発展下で「世論」を大きく左右し得るような新興中産階層が生まれ、庶民もまた国内での成功モデルであるその仲間入りを目指す(体制をぶっ壊す革命をやるより、この方がずっと安全で現実的な努力なのだ)。そして、この階層の人々は体制の維持を志向する。ゆえに、国外から見れば不条理極まりない体制が潰れず延命する。

そんな指摘は、北朝鮮の体制側の論理に取り込まれた荒唐無稽な言説だと一笑に付してよいものだろうか? だが、中国やベトナムの現地社会にある程度は深く触れたことがある人なら、こうした新興中産階層の姿と政治体制のあり方には既視感があることだろう。

思えば改革開放政策がスタートしてからしばらくの中国の社会は、ランコフが語る北朝鮮の社会とやや似た構図だった。ゆえに、国外の識者は中国崩壊論や民主化論を唱え続けたが、豊かになりはじめた新興中産階層(新富人)層は政権の転覆や民主化なんかは求めず、中国は結果的に体制を維持している。同じ東アジア文化圏の社会主義国であるベトナムも似たところがある。

(↑往年の中国も相当メチャクチャで、現在の中国B級ニュースの10倍くらいカオスな事件が頻発していた。この時代に中国ライターをやりたかったなあ)


北朝鮮の体制が崩壊した場合、日本には大量の難民が押し寄せ、現在の欧州を震撼させている難民問題がまったく対岸の火事ではなくなる。防疫体制が不十分な北朝鮮からの伝染病(結核やコレラなど)の再伝播の危険性が懸念されているほか、治安の悪化による日本人側の反発の広がりやヘイトクライムの発生なども容易に予測できる。

また、仮に北朝鮮の崩壊後に南北が統一しても韓国がそれを支えられるのか、中国やロシアは国境のすぐ向こうに米軍が駐留する状況を容認できるのかなど、他にも懸念が山積みだ。日本も韓国も中国もロシアも、わざわざ面倒ごとを増やしたいとは考えていない。

北朝鮮については、現体制を温存もしくは、同じ領域に何らかの緩衝国家政府が成立したうえで、同国当局が段階的に改革開放政策を拡大していくのが、いちばん穏健な未来と言わざるを得ないのではないだろうか。もちろん北朝鮮の人権問題は深刻だし、何より核の脅威はおそるべきものだが、体制が消滅したら消滅したで別のパンドラの箱が開くのである。

金正恩が暗殺や病気で命を落とし、後継政権が閉鎖政策を撤回する可能性も無視できない。


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ところで、仮に北朝鮮が改革開放政策に踏み切った場合、人件費がアジアで最も安く、かつ労働者が勤勉で我慢強く、日本との文化的な差異も小さい新興国がわが国のすぐ隣に生まれることになる。

かつて内戦続きだったベトナムやカンボジアが、21世紀になってから対外投資のニューフロンティアになったように、仮に北朝鮮が改革開放政策を採用すれば、面白い未来がやってくるかもしれない。平壌にちょっと土地を買うだけでウハウハになれると考えると、なかなか興味深い話だ。

事実、かつて長引く内戦とポルポト政権の虐殺政策で国土が荒廃しきったカンボジアは、いまや中華圏から不動産物件を買いに行く人が殺到しており、分譲マンションの総合開発に参入する日本企業が出ているほど、ビジネス的に熱い国に変貌している。
 
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↑プノンペン空港付近にある日系企業開発の巨大マンション、ボダイジュ・レジデンス。昨年11月の現地取材途中にたまたま立ち寄ってみたら、2017年末完成予定ながらすでに8割くらい部屋が売れており、モデルルーム見学に来ていた香港人のおばちゃんと茶飲み話ができた。
 

やがて北朝鮮がそんな土地に変わった場合、朝鮮学校の出身者は、世界で唯一日本だけが持つ貴重な人材資源に”化ける”。

北朝鮮人に近い言語を流暢に話し、幼少期から北朝鮮のアニメや絵本に触れて育ち、学校教育のなかで北朝鮮国家の内在論理を教育された日本語人材というのは、実は脱北者を除けば韓国にも中国(朝鮮族)にも存在しない。しかも朝鮮学校出身者の場合、日本語がネイティヴであり、日本社会とのカルチャーギャップを持たないという特性を持つ。ビジネス面で日本と朝鮮半島北部をつなぐうえで、究極の切り札になる存在なのだ。

ちなみに1970~80年代に日本に定住した南ベトナム難民の子孫は、近年のベトナム進出ブームのなか、企業で日本語とベトナム語の能力を重宝されているらしい。彼らの間では日越の間に立った起業の動きも活発だ。



もちろんベトナムやカンボジアとは違って、現時点での北朝鮮は国際的孤立を深める危険極まりない閉鎖国家だ。11月30日に国連安保理は6回目の制裁決議を採択した。日本も独自の制裁を検討し、韓国もこれを歓迎する姿勢を見せている。

だが、禍福は糾える縄の如しという。いつか北朝鮮が意外な未来に突き進んだとき、本稿で述べたような視点が活きるかもしれない。

日本社会のマイナーなマイノリティ、総連系在日コリアン。こっそり継続して注目しておこうかなと思う次第なのである。
 
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↑中国領の延辺朝鮮族自治州から見た北朝鮮のローカル駅。2007年8月安田撮影。 

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