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私は中国人や台湾人から話を聞くのが好きである。特に都会の現代っ子の若者からではなく、そこそこ歳をとっている人(40代以上)や、若者でも両親や一族との仲がよくて昔の話をよく聞いている人がいい。なぜなら彼は、現在の社会階層や経済力にかかわらず、いかなる人であっても本人や家族がそれぞれものすごい過去の歴史を抱えているからだ。

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↑鄧小平(中央)がおこなった改革開放政策(右)と天安門事件(左) 。これらにより中国の社会は「安定」した。(Copyright:辣椒)  

例えば私の数歳年上の台湾人の友人は、お父さんが外省人1世の元軍人(ただし参軍は戦後)でお母さんがインドネシア華僑。ご家庭は1950年代まで国民党の残党が戦っていたビルマ東北部にも何か縁があるらしい。2015年夏に『週刊プレイボーイ』の抗日戦争勝利70週年記事でお父さんに取材させてもらったときは、台湾に住む「中国人」の歴史観や国際認識を聞かせてもらって非常に面白かった。

また、別の台湾人の友人はおじいさんが浙江省出身で国共内戦を戦った中華民国軍人で、お父さんが外省人2世の国民党支持者、お母さんが本省人の民進党支持者で、選挙のたびに家のなかでプチ抗争がはじまるのだという。

ほかに中国大陸でも、山西省の閻錫山軍閥の財務高官の娘の子で、満洲旗人の血も引く貴族の出にもかかわらず、社会主義革命と文革で人生が一変した李さんという人がいる(拙著『境界の民』「黒いワイルド・スワン」という章で詳しく書いたので、知りたい人は読んでみてほしい)。

東西線沿線の某繁華街でチャイナパブを経営している上海出身の50歳前後の女性は、老紅軍(中国革命に参加した兵士)の娘で子ども時代は軍人コミュニティの特権的な環境で育ち、上海大学卒業後に青年士官と結婚したが離婚。傷心を抱えつつ、当時はあこがれの国だった日本にやってきて、いろいろ苦労しているうちにチャイナパブのママさんにおさまってしまった。彼女は上海に残ったり他国へ移民した親戚や友人がけっこう出世するなか、自分の人生に思うところもあるようだが、「日本は暮らすだけなら環境がいいからまあいっか」と割り切って、今日も日本の疲れたシャチョーさんを相手に水割りを作っている。

戦後70年以上にわたり政情が安定している日本と違い、中国の安定はせいぜいここ四半世紀、文革終了から数えても40年ほどの話だ(台湾の場合も、民主化からわずか30年も経っていない)。中国人や台湾人にとって、動乱や政治迫害はごく身近な過去であり、また場合によっては現在進行形でわが身に降りかかるものですらある。

ゆえに、彼らの話は面白い。本人やたった一世代前の人が動乱の当事者であり、話の迫力が違うからだ。ユン・チアンの『ワイルド・スワン』さながらの物語は、動乱の時代を生きていた中国人なら、どの家でも形は違えど似たような話があった。

「面白い」といって不謹慎ならば「興味深い」と言い換えても構わない。


【ある亡命中国人漫画家の著作】

以下、本稿で著書を紹介する中国人漫画家・辣椒も、そうした興味深い人生を余儀なくされた一人だ。

中国のウェブ上で人気の風刺漫画家だった彼は、やがて習近平政権下でご政道批判が一線を超えたとみなされたことで、事実上の日本亡命を余儀なくされた。そんな彼の日本での初の単行本が下記である。


 
本書は4コマ漫画であり、辣椒本人が中国国内で当局から受けた弾圧の実態、習近平本人の個性やネット世論工作を用いた個人崇拝の演出、中国抗日ドラマや反日教育の裏事情、日本や台湾の政治への辣椒自身による論評、中国の「紅白」に相当する大型番組・春聯の政治的な裏事情、人民解放軍の裏事情、辣椒の両親の物語――と、内容は多岐に及ぶ。

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↑辣椒が描く現代中国の女性のイラストはけっこう色っぽくて好きである。作中には習近平の娘・明沢も美人設定で登場する(Copyright:辣椒/新潮社) 

辣椒はネット出身の風刺漫画家であり、ネット言論統制の批判や抗日ドラマの裏事情の暴露といった話は、数年前まで中国のネット上に存在した「いちびり精神」を正しく継承している感があって面白い。

いっぽうで第9話で展開される日本の安倍政権や反安保デモについての話は、やや生臭さが強くて個人的にはエピソードの収まりがよくないと感じる(むろん、私も往年の反安保デモの参加者たちはちっとも好きではなく、その主張にもあまり賛同する気になれないのだが)。

やはり本書において別格に興味深いのは、まず本人の実体験にもとづく当局からの弾圧の詳細についてだろう。中国の民主派の人々が「中国版ゲシュタポ」と陰口を叩く国保局員による尋問「被喝茶」(問題人物に対してお茶を名目に面談をおこない圧力をかける行為)や、それを受けた側の安全対策、実際に拘束された際の獄中描写などが、当事者によるマンガのかたちで視覚的に知れるのは極めて貴重だ。

また、私個人としては最終章の両親の話が心を打つ。

文革世代であった彼の両親は、当時は完全な辺境だった新疆ウイグル自治区に下放され、そこで辣椒をもうける。辣椒はなかなか両親と同居できなかったが、深く愛されて育ったことは本書中の描写からも明らかだ。

その後、彼が日本亡命を余儀なくされた後に母をガンで失い、葬儀の様子をネット動画を通じて眺めざるを得なかったエピソードは、大所高所に立ったどんな政治批判よりも強烈に現代の中国の問題点を描き出しているように思う。

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↑新疆を開拓させられた辣椒の母。現地の少数民族にとっては「侵略者」である漢人だが、当時は「侵略」する側もムリヤリ動員されており、苦労はすさまじかった(Copyright:辣椒/新潮社)


ちなみに著者の辣椒は、私が日本国内で天安門事件や中国民主化問題の関連イベントを取材しているとよく姿を見かける。ただ、反体制的な中国人がフラットな立場で自国批判をおこない、なおかつそれでごはんを食べていくには、日本というのはなかなか難しい部分がある国でもある(こちら過去記事を参照。辣椒の話も少し出てくる)。

本来、風刺マンガという軽妙洒脱な表現手段から中国の問題点を鋭くえぐる書き手は、本来日本人にとっても中国人にとっても非常に得難い存在であるはずだ。

彼が今後も筆を曲げることなく、かつ安定した亡命生活を送れることを……。いや、いつの日か正々堂々と中国に帰国して母親の墓参りができる日が来ることを、陰ながら祈らずにはおれない。


【参考】
 
辣椒の他の作品は、高口康太『なぜ、習近平は激怒したのか 人気漫画家が亡命した理由』でも豊富に掲載されている。辣椒本人のバックグラウンドについてはもちろん、かつては民主化の突破口として期待された中国ネット言論の衰退の経緯や、専制体制を受け入れてしまう中国社会の性質についても詳細に説明されているので、興味がある方はあわせて読んでみるといいだろう。

2月28日には、 辣椒と高口氏、東京大学准教授の阿古智子氏の3人で刊行記念対談も予定されている。



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 上記はメルマガの記事の一部を大幅に改稿・再編集したものです。