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<構成>
プロローグ
第一章 東大、早稲田…… 日本に留学したい本当の理由
第二章 留学生を支える予備校ビジネスの実態
第三章 過酷すぎる中国の大学受験戦争
第四章 一八歳人口の減少におびえる日本の大学
第五章 なぜ彼らは日本で働きたいのか
第六章 ダイバーシティをめざす日本企業に足りないもの
第七章 日本を選んだ中国人エリートの先駆者たち
エピローグ
あとがき

<簡評>
ここ数年、私は天安門事件を経験した世代の中国人がいま何を考えているのかに興味があり、50歳前後の中国人を見つけるたびに質問責めにしている。

彼らのなかには日本への留学歴がある人も多い。日本や中国でインタビューを繰り返すたびに印象付けられるのは、(事件や現体制についていかなる立場を取るにせよ)現在の日本で出会う若い中国人留学生とは比較にならないほどの、彼らの地頭の良さだ。

これは彼らの「年の功」だけが原因ではない。1989年ごろの中国の大学進学率は2.5%ほどで、留学を目指すような大学生はもともと極めて優秀な層に限定された。一方、当時の日本はジャパン・アズ・ナンバーワンの時代だった。そんな「一等国」が中国のすぐ隣にあり、最先端の知識を与えてくれるように見えた。なので、かつては本国でも一線級の人材が日本に来ていたのだ。

ゆえに現在40代後半から50代くらいの中国人の日本語人材は、平均的に見て非常に優秀な人が多い。近年の日本社会で起業家や学者・外国人ジャーナリストなどとして活躍している中国人も、ほとんどすべてがこの世代に集中している。

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↑香港、尖沙咀地区にあった六四記念館の展示品。現在はすでに閉館。
 

……だが、時代は流れる。

現在の日本に(東大大学院などの最高峰はある程度は例外としても)一流の中国人が学びに来るケースは大きく減った。

彼らは日本の頭越しで欧米圏に向かい、その傾向は長期的かつ不可逆的に継続している。私自身、大学入学直後の2000年と大学院修了時の2006年のわずか6年間でも、身近な中国人留学生の姿からこの傾向を感じてきた。

ならば、「一流」人材が猫またぎをするようになった日本にいまでもやってきて学び、就職する中国人はどんな人々か。彼らは日本の何に魅力を感じているのか。それをうかがい知れるのが本書だ。

(ちなみに書中で筆者は「確かに日本に来る留学生は超一流ではないかもしれません。でも、二流というわけでもない。そこそこのエリート、つまり一・五流ですよ」という東大の教授のコメントを引用して、現在の中国人留学生の質についてフォローを入れている(取材先や日本人の読者への配慮ゆえだろう)。ただ、本書を注意深く読めば、上記に指摘したような話はやはり読み取れるはずである)。

◆◆

著者の中島恵氏は近年、「中国人エリート」を主題に堅実な著作を積み上げてきた。



 

良質な中国ウォッチャーは、中国という巨大すぎる対象を読み解く際に、なんらかの理解の軸を設定してそこから論を展開する。著者の場合、この「軸」に相当するのは、中国が庶民にとっての選択肢が限られた激烈な競争社会で、とにかく「忙しい」「疲れる」国であることへの着目だ。

中国は就職や大学入試はもちろん、持たざる民にとっては鉄道キップ1枚の購入ですら、それを勝ち取るために膨大なバイタリティと苦労が必要とされる。ゆえに中国人は、みんな図々しくて疑い深くなる。不公平な競争社会で生き残るにはコネが重要なので、中国人は親戚や友人と、日本人とは比較にならないほど暑苦しい人間関係を築いて自衛する。

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↑上海の駅にて。いつもの光景だ。


そんな大変な社会で鍛えられた中国人のふてぶてしさとネットワーク構築力は、個々人がバラバラになって終わりなき競争に放り込まれる新自由主義的な現代世界の風潮とたまたま相性が良く、図らずもグローバルに通用する強みとなった。現代の世界で賢い中国人が勝ち組になっているのは、それゆえのことだ。

……しかし、当然ながら中国人のなかにも、押しが弱かったり人付き合いが苦手だったりする、根性のない人がいる。競争に飛び込むことを恐れ、また敗れて落ち込む人もいる。

そんな草食系中国人たちにとって、ホッとできる心のオアシスは隣国にある。すなわち日本という国だ。

日本は日常生活は便利極まりなく、清潔さと安全性は極めて高い。社会は水を打ったように静かであり、世の中はなかなか変化しない。

ギラギラせずに分相応に暮らし、なんとなく生活するライフスタイル(中国でそれが得難い以上、これは人によっては大きな「憧れ」だ)を望む人にとって、日本ほどよい国はないという話になる。

◆◆

本書から見える中国人留学生たちの姿もまた、東大院進クラスの「最上流」のエリートを除けば、おおむね草食系揃いだ。

彼らが日本での学びを選ぶ動機は、日本のんびりした社会と気質が合う、アニメが好きである、そして中国で入試に失敗して学歴ロンダリングを目指す……、といったところ。一昔前の苦学生の姿とは程遠い。

中国の大学入試は、例によって激烈な競争である。その具体的な話は書中の記述に譲るが、本人や親が、日本の名門大学に進むほうがまだしも負担が少ないと考えるのは理解できる。

海外留学させるなら、日本は欧米に比べて学費が安いし、なによりも近い(なので親が遊びにこられる)。語学のハードルはあるが、日本には中国人向けの大学受験予備校が乱立しており、カネを積んで特訓させればそこそこの大学に受かる。大学側も、日本人の若年層人口が減少するなかで海外からの学生の獲得を望んでいる。

本書から垣間見えるのは現代の中国人留学生たちのそんな姿だ。

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本書から、いわゆる「日本スゴイ論」や「日本はこんなに世界から愛されている」といったメッセージだけを受け取るのは、ややもったいない読み方だろう。

意地悪に解釈するなら、かつてスゴかった日本が、現在は必ずしも「スゴくない」「成長しない」テンションの低い社会となったことが、選択肢としてそうした空間を好む中国人を引き寄せているという見方だってできるのだ。

「はたして日本は今後も彼らから『選ばれる国』でいられるのか」

本書はあとがきでこう結んでいる。自分たちが選ばれる理由をどう理解し、どの部分の魅力を伸ばし、どのように外部へ向けてアピールするか。今後の日本の課題を考えさせられる本だった。


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※上記はメルマガ「つれづれ亜州観望記」2016年12月06日配信号のコンテンツの一部を再編集したものとなります。