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赤い帝国・中国が滅びる日
福島香織
ベストセラーズ
2016-10-26


 
<構成>
序章:習近平政権がはらむチャイナリスク
第一章:習近平は暗殺されるのか
第二章:戦争は勃発するのか
第三章:経済は崩壊するのか
第四章:中国のメディアは死んだのか
第五章:中国五つのシナリオ

<簡評>
日本人が中国にしばしば戸惑う隠れた要因のひとつは、日中両国の政治や社会の「速度観の違い」だ。中国はとにかく変化が速い国で、十年一昔どころか半年一昔と言っていいくらい、政治・経済の情勢や社会の様子がくるくる変わる。ことに2012年秋の習近平体制の成立後はなおさらだ。

著者も述べるように、前任者の江沢民・胡錦涛時代にはなんとなく「読めた」中国の動きは、習近平政権下で非常に読みづらくなった。鄧小平の遺志にもとづいた集団指導体制が敷かれ、合議のもとでそれなりに合理的な意思決定がなされてきた従来と比べ、現在の習近平体制は習の個人独裁色が強い。

なので、習近平の頭の中をのぞかない限りは中国の未来は見えない――。

いや、習本人もよくわからないまま進行している事柄や、習に擦り寄ったり反発したりして独自の動きをとる人たちが大勢いることを考えると、誰一人として国の未来がわからない状態になっているのが2016年11月現在の中国だと言うべきだろう。

個人がそんな中国の現在を追いかけることは難しい。そこで必要になるのは、中国語が理解できて、イデオロギー面での偏りが少なく(もしくは本人の思想傾向を事実関係の取捨選択や紹介にあまり反映させず)フットワークが軽い、情報の良質なまとめ人を何人かフォローすることだ。

こうした意味で、著者は現在の日本の一般向け中国書籍の書き手のなかでは有数の信頼できる人である。本書は、題名と装丁はかなりおどろおどろしいものの、中身は安定感のある現状解説の書になっている。

任志強事件、雑誌『炎黄春秋』の事実上廃刊、東シナ海の中国軍機と自衛隊機の異常接近、天津の大爆発事件、株価の乱高下、AIIBと一帯一路構想、革命歌を歌う美少女アイドルユニット結成、人権派弁護士の大量拘束、香港の銅鑼湾書店事件、広東省烏カン村の騒動、多発する日本人のスパイ容疑拘束事件……と、本書が紹介・解説を加える話題は多岐にわたる。

いずれも日本国内で単発のニュースとして読み流す限り、日々消費されて消えていく「中国の話題」だ。ただ、良質な中国書は、こうした個々の事実に一定の連関性を見出して、最大公約数的な説明要素を抽出して読者の前に提示していく。

この定義において、本書は「良質」だ。読みやすい文体も読者にとって助かるだろう。

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本書の特色として、第一章の習近平に関する記述で、一般的に怪しげとされがちな「香港情報」を積極的に紹介する手法を取っている点が挙げられる。

著者のこの手法には賛否もありそうだが、文中でその信頼性に一定の留保をつけ、現地から可能な限り裏取りの談話を聞いたりしたうえでの紹介なので、つとめて良心的な情報の取り扱い方だろう。中国の最高指導者の素顔は公開情報からだけではほとんど見えてこない。一定の「怪しさ」を腹に飲み込んだうえで大胆な仮説を展開することはときに必要となるからだ。

一方、本書に問題点があるとすれば、ひとつは現代中国についての予備知識がまったくない人への目配りがやや弱い点(ただ、このブログやメールマガジンを購読するような人であれば、この点はほとんど問題ない)。もう一点は、やはりこのタイトルと装丁だろう。

本書に限った話ではなく、現代の日本の出版業界で中国を扱う一般書やムックが世に出る場合、出版社が営業的に安定した数字を出す必要から、真っ赤なドロドロした装丁やどぎついタイトルが付けられる場合が多い。商業出版は社会の要求が常に反映されるからだ。

私はこの傾向は困った話だと思うが、一方で社会において中国本が出版されなくなる&売れなくなると(少なくとも私個人としては)知的欲求の充足の面でも生活維持の面でも、もっと困った事態になる。かく言う私自身、「ドロドロ系」装丁の雑誌やムックなどに寄稿する機会は多いが、これは現代の日本において中国にたずさわるライターが、安定的に仕事を継続していくために負わざるを得ない宿業の一種として割り切るしかないと考えている。本書もまた、この種の「宿業」を負っている。

ただ、本書の内容は、このタイトルや装丁に「引く」ような健全な感覚の持ち主たちにこそ、本当は伝わってほしいものだ。中国は世間で煽られるほど不安定な国ではないが、一方で図体が大きいだけにリスクの総量も多大である。

本書は読み手の感情をむやみに煽らない、冷静なチャイナリスク解説本なのだ。


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※上記はメルマガ「つれづれ亜州観望記」のサンプル記事の原稿を再編集したものとなります。