「日台の絆」映画仕掛け人のウソと、それを知りつつ止められなかった悲喜劇

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かねてから台湾ファンやアジア映画ファンの間では話題になっていた、『湾生回家』(2015年、台湾)というドキュメンタリー映画がある。

湾生とは日本統治時代に台湾で生まれ育った日本人のことだ。彼らは終戦を機に日本本土へ引き揚げを余儀なくされ、懐かしい故郷である台湾は「異国」に変わる。そんな故郷への喪失感を抱えつつ後世を生きることになった。

湾生は約20万人にのぼったとされるが、戦後の複雑な日台関係史や、満洲などからの引揚者と比して台湾引き揚げ者は相対的に環境が恵まれていた(これは逆に、悲惨すぎる満洲引揚者に配慮して台湾引き揚げ者たちが声を上げづらい要因となった)ことなどから、彼らの存在感は従来は希薄だった。戦後史のなかで日本でも台湾でも忘れられた存在となっていたと言っていい。

この、現在は高齢となった湾生の老人たちに取材してその声を丹念に拾い、彼らの台湾への帰郷の様子を伝えたドキュメンタリー映画が『湾生回家』だ。台湾での公開時には公称16万人を動員する、このジャンルの映画としては異例の大ヒットとなった。

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ところがこの『湾生回家』、作品のエグゼクティヴプロデューサーを名乗って日台両国での関連イベントにしばしば出席し、同名の著書(内容は映画と異なる)を刊行してベストセラー作家になっていた仕掛け人の自称「田中実加」氏の経歴詐称や絵画の盗作が発覚。年末年始にかけて台湾国内で大炎上状態となった。

『湾生回家』は昨年12月、台北代表処(事実上の台湾大使館)と日華懇によって衆議院第一議員会館で親台派議員の重鎮たちの前で上映されるなど、台湾政府の対日友好外交に活用されたほどの作品だ。

また「湾生の孫」を自称した田中実加氏が日本国内で登壇した映画関連イベントは台北代表処の台湾文化センターが、同じく彼女が台湾国内で開いた湾生の帰還イベントは当時の交流協会(事実上の駐台日本大使館)が、運営や告知などに協力をおこなっていたことも確認されている。

このかなりデカい事件の全体像とその関連事情について、日本ではなぜか関連報道が不思議なほど少ないので、関係者に取材して講談社の『COURRiER Japon』のに寄稿したのが以下の記事だ(当分は同誌のWEB会員以外も全文を読めるのでお早いうちに)

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経歴詐称で国際的炎上中! 「日台の絆」映画の仕掛け人、自称・田中さんが巻き起こした大騒動

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ちなみに映画『湾生回家』それ自体はまともなドキュメンタリーであり、仕掛け人の経歴詐称と映画それ自体は切り分けて考えるべきだという意見が関係者以外からも出ていて、私も同様の考えである。なにより、戦後史に翻弄された湾生たちが日台両国の歴史の裏に大勢いたことは事実、映画とそれにともなう台湾国内の湾生ブームが、湾生たちに戦後70年ぶりに光を当てたことも事実なので、この企画自体は意義深いものであったはずだ。

また、こういう記事を書いておいてなんなのだが、取材過程で日本側の配給会社(単館・ミニシアター系の国内外の映画配給を多く手がけている)はかなり先方に不都合であろう問い合わせに対しても責任感を示して答えており、この手の不祥事に対応する際の企業の姿勢としては、むしろ取材前よりも強い信頼性を覚えさせるものだったことも付記しておきたい。

(大手の会社ではなかなかやらない、いいアジア映画の配給をやっている会社だ)


ただ、日本人の湾生を主題としていて、日本人や日本語ができる台湾人が制作にかかわり、現在も日本国内で公開中で、しかも日本の国会議員が大勢で作品を鑑賞し、日台両国の大使館級組織が経歴詐称者のイベントに協力していた映画の仕掛け人が日本人を自称する経歴詐称をやって炎上した話が、なぜかレコードチャイナなどの翻訳報道と産経新聞の短い記事1本以外は、わが国でほとんど報じられていないという不思議な事態が起こっていた。

これはやはり詳しい事情を記録しておかなくてはならぬと考えて、上記の記事を書かせてもらった次第である。


 

知らぬ間に復活して知らぬ間に迫害されていた? 「開封のユダヤ人」

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昨年2月、私はWIREDの仕事でイスラエルに出張したのだが、それを契機に中国のユダヤ人に興味がわいて調べてみたところ、こんな記事を見つけた。

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↑画像クリックで『THE TIMES OF ISRAEL』の元記事へ
 
記事によれば昨年2月29日、エルサレムへ念願のアリヤー(イスラエルの地への移住)を果たした5人の中国系ユダヤ人の女性が、嘆きの壁で祈りを捧げたそうである。彼女らはいずれもイスラエルの最高ラビ法廷が設けた改宗試験に合格しており、ほどなくイスラエル国籍を取得できる見込みなのだという。

さらに調べてみると、類似の中国系ユダヤ人のイスラエル移住の記事は複数が見つかる。中国系ユダヤ人がイスラエル国防軍に入隊しましたという、なんだかわけがわからんが凄そうな話もある。

 开封犹太人庆祝逾越节 (『THE TIMES OF ISRAEL』中文版)

 开封犹太人加入以色列国防军 (『THE TIMES OF ISRAEL』中文版)


そもそも、中国には前近代に複数のユダヤ人コミュニティが存在したとされ、なかでも河南省開封のものが有名だ(開封のユダヤ人)。ただ、このコミュニティは明代には大きく衰退し、19世紀までには数百人規模に減少。清代の社会風俗を記した稗史『清稗類鈔』「宗教類」によると、彼らは「青回回教」と呼ばれており、周囲からはイスラームの一種であるかのように思われていたようだ。

もっとも、当事者たちはこの「青回回教」がイスラームだとは考えておらず、『清稗類鈔』には趙姓・金姓・艾姓など六姓七家の族人200人程度が独自の信仰を保持し、通婚も同胞の家族同士でおこなっているとする現地住民の証言が紹介されている。生活習慣や食習慣はほぼ漢人と変わらなくなっているが、彫りが深くて西方風の顔立ちの人が多いのだともいう。

ただし、彼らのコミュニティはこの時点ですでに崩壊寸前であった。やがて清末民国期になると、黄河の大洪水や社会混乱によってシナゴーグ(ユダヤ教の礼拝施設)も跡形もなくなってしまい、人々の外見もほぼ漢人と変わらなくなる(こちら参照)。

やがて中華人民共和国の成立後、開封のユダヤ人は政府の民族識別工作のなかで少数民族として認めてもらえず、漢族か回族として民族登記をおこなうこととなる。その後、社会主義化と文化大革命が最後のダメ押しとなって、開封のユダヤ人はほぼ消滅状態に陥ったとされる。


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では、上記の記事でアリヤーをおこなった中国系の「ユダヤ人」たちは何者なのだろうか?

答えを言うと、彼らや彼女らは近年になって、エルサレムに本拠を置く民間団体、シャベイ・イスラエル(以下、シャベイ)によって、事実上人工的に再復活させられた人々である。このシャベイは、全世界から「ユダヤ人の子孫」を探し出してユダヤ教やヘブライ語の「再教育」を施し、イスラエルへの移民を推進しているシオニストの財団組織だ。米国系ユダヤ人のマイケル・フロイント氏が創設者かつ代表者である。

シャベイは、以前はインド北東部にいるブネイ・メナシェという人たちのイスラエル移住支援をおこなっていた(で、ブネイ・メナシェたちはヨルダン川西岸やガザにガンガン入植していた)が、例によっていろんな問題が噴出して彼らへの支援は困難になる。

そこでシャベイは2005年から、すでに伝説上の民族に近い存在と化していた「開封のユダヤ人」にミッションのターゲットを変更したらしい。同年、シャベイ代表のフロイント氏は開封を訪問。現地に数百冊の宗教書を送り、集めた住民を前に「ユダヤ人の約束の地」を目指すことの意義を熱弁した結果、現代中国に「開封のユダヤ人」のアイデンティティを復活させることに成功した。

その後、2005年から現在までの11年間に、シャベイの働きかけによってユダヤ教に改宗した100人ほどの開封出身者が、「ユダヤ人」としてイスラエルに移民したと見られている。また、開封郊外には民営のシナゴーグが復活し、モーセの出エジプトを祝うペサハ(すぎこし祭)がおこなわれ、ユダヤ教の学習に精を出す「中国系ユダヤ人」が再び現れるようになった。

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もっとも、昨年5月ごろから衝撃的なニュースが報じられはじめている。

Is China cracking down on Jewish community in Kaifeng?  (ユダヤ系米国紙『Forward』)

中國河南開封的猶太教社群,近來遭到當局打壓 (『ラジオ・フリー・アジア』中文版)

前出記事とはやや時期が前後するが、どうやら習近平政権の成立後の2014年ごろから、開封のユダヤ人コミュニティは当局による圧迫を受けているという。中国当局はシャベイの指導下にあるユダヤ教学習センターを閉鎖し、国外のユダヤ人グループによる開封訪問も禁止しはじめているとのこと。現地のユダヤ人コミュニティの成員が当局による監視や尋問を受ける例もあるようだ。

ただ、中華人民共和国においてこうした事態が発生するのは、よく考えれば「当たり前」の話でもある。

なぜなら、21世紀にイスラエルのシオニストが人為的に復活させた「開封のユダヤ人」は、中国共産党が人為的にカテゴリー分けして設定している国内55の少数民族には含まれていない。加えて、中国におけるユダヤ教もまた、仏教やイスラームのように党の管理監督下に組み込まれた全国団体を有していないので、党による支配は事実上及んでいない。

中国国内における「開封のユダヤ人」とは、非公認民族かつ非公認宗教の信者という、当局の原理原則に照らして考えるならば実にヤバい存在ということになる。

現代中国において最も政治的に敏感なポイントである民族問題と宗教問題に抵触し、加えて(当事者的には体制に敵対する気はないはずだが)イスラエルのシャベイという「国外勢力」による露骨な働きかけが明確におこなわれているともなれば、なにかにつけイデオロギッシュな習近平政権のもとで彼らが何事もなくいられるはずはない。

21世紀になってからシオニストの手で人工的に民族のアイデンティティを持たされてしまい、そのわずか10年後にさっそく習近平の手で「迫害の民」にされてしまった開封のユダヤ人(実質的にはユダヤ教に改宗した普通の漢人)というのは、なんとも現代世界情勢の悲喜劇を象徴する存在だというよりほかはなさそうだ。

ちなみに、中国当局による開封のユダヤ人迫害の件は、米国のニューヨークタイムズも報じており、在米ユダヤ人社会を中心にひそやかに問題視する動きが広がっている模様である。

めちゃくちゃ地味なニュースながら、個人的に今後の推移が非常に気になっている話だ。

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↑エルサレム旧市街の高台から眺めた嘆きの壁と岩のドーム。2016年2月安田撮影。


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 上記は『東亜』2016年5月号の寄稿記事および、メルマガの記事の一部を再編集したものです。


朝鮮学校という不思議空間

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下記は 2016年12月06日配信のメルマガの記事の一部を再編集したものです。

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先日、あるイベントでブロガーのもっきー氏に会った。こちらのブログの作者だ。

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題名はネトウヨみたいだが、実はまったくそうした内容のブログではなく(こちら参照)、作者は在日コリアン(※以下「在日」と略す)三世として朝鮮学校の小学部に通った経験を持つ22歳の女性だ。

映画『GO』なんかでも描かれた、朝鮮総連系の在日子女の教育機関・朝鮮学校の日常の思い出を軽いタッチで綴っていて、文章に恨み節や差別的な表現などは見受けられない。リアルのご本人についても、ブログのノリとは違ってかなり論理的で大人っぽい人だった。

もちろんもっきー氏の母語は日本語なので、私たちとの会話にはまったく支障はないし、言葉遣いや発音の違和感すらもない。ただ、朝鮮語の単語に言及するときは発音がネイティヴ(しかもテレビなどで聞き慣れた現代のソウル音とは明らかに違う発音)になるので、どことなくエキゾチックな雰囲気を感じさせた。


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ブログを拝見したうえで話を聞いてみるに、朝鮮学校はやはり平均的な日本人にとってみれば驚きの異空間だ。

校内の表立った場所では、たとえ単語レベルでも日本語を使うと叱られる。ただし生徒だけではなく先生方も、北朝鮮から派遣されてきた人は勤務しておらず、日本で生まれ育った在日の2世3世ばかりだ。ゆえに朝校生は、北朝鮮の語法・発音に日本語のクセが混じった、独特の朝校言語を話すことになる。

例えばもっきー氏自身、語彙や発音に隔たりが大きい韓国のドラマは、字幕を見ないと理解できないことがあるという。なので「韓国人と会話したら『なんだその発音w』と笑われちゃった」「私たちは世界のどこにも通用しない言語を喋っている」と彼女は自嘲する。
 
(ただ、実際はネイティヴの北朝鮮人に対しては、韓国人よりも在日の朝校出身者のほうが言葉が通じやすい可能性もある。もっきー氏本人は確かめていないようだが、非常に気になるところだ)。

ちなみに朝鮮学校は、以前は校舎に北朝鮮の国旗を掲げていた。だが、もっきー氏が小学部に入学した翌年に小泉訪朝で拉致事件が表面化したためか、やがて校舎の外から確認できる北朝鮮国旗は消えた。外部に無用な刺激を与えることを避けたのだろう。

純粋に内部向けの場でも、彼女が小学部卒業を控えた2007年ごろには運動会の会場から北朝鮮旗が消え、かわりに統一旗が掲げられていたという。朝鮮学校の幹部層を占める総連系の在日の人々もまた、北朝鮮本国のイデオロギーの代弁者たることをこっそりとやめはじめているのかもしれない。

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事実、たとえ校内では100%の朝鮮語会話が強制されても、生徒は内輪では朝日両語のチャンポン語「チョボンマル」で話してばかりだ。しかも、これは退勤後の先生たちですら同様である。テレビをつけてもスマホを開いても豊富なジャパニーズコンテンツがあふれ、朝校生といえども服装やメイクは日本風になる。成長するに連れて、日本人との恋愛や結婚、日本籍への帰化も静かに進んでいく。

戦後71年が経ち、在日の中心は2世どころか3世の世代に移った。総連系は韓国系の在日(また、在日老華僑なども)と比べて言語やアイデンティティの固有性を保つ傾向が強いが、それでも1980~90年代生まれの3世になると、朝鮮半島は非常に縁遠い存在になる。

在日コリアンは日本の内部ではかなりメジャーなマイノリティ(なんか変な表現だが)とはいえ、「総連系」に限定すると私たちは驚くほど何も知らない。映画『GO』の主人公やもっきー氏のような、ノンポリタイプの若者層に関してはなおさらだ。

非常に刺激的で、勉強になった土曜の午後だった。


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ところで北朝鮮といえば、近ごろフェイスブック経由で興味深い報道を目にした。金日成総合大学への留学歴を持つロシアの北朝鮮専門家、アンドレイ・ランコフ氏が仏紙『Le Monde』に語った、北朝鮮が崩壊しない理由の分析である。

去核化或将导致朝鲜政权垮台  (ラジオ・フランス・アンテルナショナル(RFI)中国語版)

(↓上記記事のもとになった『Le Monde』インタビュー原文。画像クリックで元記事へ)
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以下、RFIの中国語報道の記述をベースに、意訳した要旨を箇条書きで述べよう。日本でおなじみの北朝鮮崩壊論とは、明らかに異なる視点でアプローチした同国の姿が見えてくる。

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・北朝鮮が飢餓やクーデターの危険に瀕しており崩壊寸前だという見立ては誤まりである。もちろん金政権は残酷であり、国民から恐れられているのだが、一方ここ15年間で経済は(注.北朝鮮なりに)大幅に発展した。

・現在、多くの北朝鮮国民は配給こそ得られていないが、自分でカネを儲けて食料を買うことができるようになった。これは食料の一切が配給頼りだった金日成時代や、食料難に苦しんだ金正日時代と比較してずっと「よい」社会状態であり、ゆえに金正恩の国民人気はとても高い

・経済発展によって人々が国外の自由を知り、やがて体制変革を起こす……などということは、10年前ならさておき、現在はもはや「ありえない」。なぜなら、経済発展のもとですでに形成された北朝鮮のニューリッチ層は、社会に混乱をもたらす体制変革を望んでいないからだ。

・北朝鮮のニューリッチ層や一部の官僚層にとって、現体制下で有した権益は体制の崩壊後には無効化してしまう。また、体制が崩壊すれば南北統一が視野に入るが、こうなると彼らは韓国の資本家との競争になり、到底勝ち目がない。ゆえに彼らは北朝鮮の体制の存続を望んでいる

・いわゆる「北の核」についても、北朝鮮の新興中産階層は常備軍の軍拡よりは核武装の方が費用対効果がよいと割り切り、核武装が完了すれば国家は費用を民生方面に振り向けるだろうと考えている。

・また北朝鮮当局側も、イラクのフセインやリビアのカダフィの二の舞となることを恐れている。そのために重要なのは外国からの内政干渉を排除することで、核武装はそのために最も有効な方法だ。北の当局は、核の放棄がすなわち体制継続の放棄に直結することをわかっている。

・中国は朝鮮半島の安定が第一であり、北朝鮮の核放棄のために本気の制裁はできない。核を持ち危険な北朝鮮と、内戦に陥った北朝鮮、韓国に飲み込まれた北朝鮮……という3つのシナリオはいずれも中国にとって不愉快だが、そのなかでは第一の選択肢が比較的マシなのだ。北朝鮮当局もそれをわかって好き勝手に振舞っている。

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……さて、経済発展下で「世論」を大きく左右し得るような新興中産階層が生まれ、庶民もまた国内での成功モデルであるその仲間入りを目指す(体制をぶっ壊す革命をやるより、この方がずっと安全で現実的な努力なのだ)。そして、この階層の人々は体制の維持を志向する。ゆえに、国外から見れば不条理極まりない体制が潰れず延命する。

そんな指摘は、北朝鮮の体制側の論理に取り込まれた荒唐無稽な言説だと一笑に付してよいものだろうか? だが、中国やベトナムの現地社会にある程度は深く触れたことがある人なら、こうした新興中産階層の姿と政治体制のあり方には既視感があることだろう。

思えば改革開放政策がスタートしてからしばらくの中国の社会は、ランコフが語る北朝鮮の社会とやや似た構図だった。ゆえに、国外の識者は中国崩壊論や民主化論を唱え続けたが、豊かになりはじめた新興中産階層(新富人)層は政権の転覆や民主化なんかは求めず、中国は結果的に体制を維持している。同じ東アジア文化圏の社会主義国であるベトナムも似たところがある。

(↑往年の中国も相当メチャクチャで、現在の中国B級ニュースの10倍くらいカオスな事件が頻発していた。この時代に中国ライターをやりたかったなあ)


北朝鮮の体制が崩壊した場合、日本には大量の難民が押し寄せ、現在の欧州を震撼させている難民問題がまったく対岸の火事ではなくなる。防疫体制が不十分な北朝鮮からの伝染病(結核やコレラなど)の再伝播の危険性が懸念されているほか、治安の悪化による日本人側の反発の広がりやヘイトクライムの発生なども容易に予測できる。

また、仮に北朝鮮の崩壊後に南北が統一しても韓国がそれを支えられるのか、中国やロシアは国境のすぐ向こうに米軍が駐留する状況を容認できるのかなど、他にも懸念が山積みだ。日本も韓国も中国もロシアも、わざわざ面倒ごとを増やしたいとは考えていない。

北朝鮮については、現体制を温存もしくは、同じ領域に何らかの緩衝国家政府が成立したうえで、同国当局が段階的に改革開放政策を拡大していくのが、いちばん穏健な未来と言わざるを得ないのではないだろうか。もちろん北朝鮮の人権問題は深刻だし、何より核の脅威はおそるべきものだが、体制が消滅したら消滅したで別のパンドラの箱が開くのである。

金正恩が暗殺や病気で命を落とし、後継政権が閉鎖政策を撤回する可能性も無視できない。


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ところで、仮に北朝鮮が改革開放政策に踏み切った場合、人件費がアジアで最も安く、かつ労働者が勤勉で我慢強く、日本との文化的な差異も小さい新興国がわが国のすぐ隣に生まれることになる。

かつて内戦続きだったベトナムやカンボジアが、21世紀になってから対外投資のニューフロンティアになったように、仮に北朝鮮が改革開放政策を採用すれば、面白い未来がやってくるかもしれない。平壌にちょっと土地を買うだけでウハウハになれると考えると、なかなか興味深い話だ。

事実、かつて長引く内戦とポルポト政権の虐殺政策で国土が荒廃しきったカンボジアは、いまや中華圏から不動産物件を買いに行く人が殺到しており、分譲マンションの総合開発に参入する日本企業が出ているほど、ビジネス的に熱い国に変貌している。
 
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↑プノンペン空港付近にある日系企業開発の巨大マンション、ボダイジュ・レジデンス。昨年11月の現地取材途中にたまたま立ち寄ってみたら、2017年末完成予定ながらすでに8割くらい部屋が売れており、モデルルーム見学に来ていた香港人のおばちゃんと茶飲み話ができた。
 

やがて北朝鮮がそんな土地に変わった場合、朝鮮学校の出身者は、世界で唯一日本だけが持つ貴重な人材資源に”化ける”。

北朝鮮人に近い言語を流暢に話し、幼少期から北朝鮮のアニメや絵本に触れて育ち、学校教育のなかで北朝鮮国家の内在論理を教育された日本語人材というのは、実は脱北者を除けば韓国にも中国(朝鮮族)にも存在しない。しかも朝鮮学校出身者の場合、日本語がネイティヴであり、日本社会とのカルチャーギャップを持たないという特性を持つ。ビジネス面で日本と朝鮮半島北部をつなぐうえで、究極の切り札になる存在なのだ。

ちなみに1970~80年代に日本に定住した南ベトナム難民の子孫は、近年のベトナム進出ブームのなか、企業で日本語とベトナム語の能力を重宝されているらしい。彼らの間では日越の間に立った起業の動きも活発だ。



もちろんベトナムやカンボジアとは違って、現時点での北朝鮮は国際的孤立を深める危険極まりない閉鎖国家だ。11月30日に国連安保理は6回目の制裁決議を採択した。日本も独自の制裁を検討し、韓国もこれを歓迎する姿勢を見せている。

だが、禍福は糾える縄の如しという。いつか北朝鮮が意外な未来に突き進んだとき、本稿で述べたような視点が活きるかもしれない。

日本社会のマイナーなマイノリティ、総連系在日コリアン。こっそり継続して注目しておこうかなと思う次第なのである。
 
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↑中国領の延辺朝鮮族自治州から見た北朝鮮のローカル駅。2007年8月安田撮影。 

サガスカーレットグレイスについて語る

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中国にはまったく関係がないが、どうしても語りたいのでサガスカーレットグレイスの頭のおかしさについて語ろうと思う。

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↑vitaの画面を筆者撮影

 
・街もダンジョンもマップが用意されていない。戦闘アイテムも武器屋も宿屋も存在しない。なのにイベントが公称数千個もあるらしいのだが、しかしその大部分はガン無視してもクリアできる。だが、そもそもクリアが目的のゲームと言っていいのかすらよくわからない

 ・仲間候補が70人ぐらいいるっぽい。しかも進め方次第では、どう考えてもモブとしか思えない村のネエちゃんとか適当に拾ったハゲのヤクザとかが、事前に公式ホームページで小林智美さんの画像まで公開されていたキャラ立ちしたイケメンより余裕で強かったりするから困る。

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↑イケメン。うちのパーティーではどっかの村のネエちゃんより弱い。(公式HPよりスクショ引用
 
・バトルは敵の行動内容と行動順がすべて事前に公開されている。ただし、こちらはそれを把握したうえでカウンター技や妨害技を仕掛け、HPが900台に乗ってからすらもマヒや毒や防御力ダウンを駆使したり、敵の種族別の弱点を的確に突いて攻撃しないと死ぬ。というかそれをやってもたまに死ぬ。いわんやボタンポチポチ連打して攻撃するだけなら99%死ぬ。ともすれば毎戦どころか毎ターンごとに数分間の熟考を経てバトルに臨む
 
・バトル中の回復と蘇生の手段は、1~数ターンの消費が必要な術を除けばほとんど存在しないのに、敵のゾンビのアッパースイングで平気で体力の3分の1くらい削られる。スクエニ公式のQ&Aに「よくやられるゲームですが仕方ないです」みたいなことが書いてある。
 
・TIPSというゲーム内取扱説明書的なテキストが2万字ぐらいある(ただし、ロード時に各条ごとに出るので確認はそれほど苦痛ではない)。これにいちおうは目を通しておかないと死ぬ。でも目を通しても死ぬときは死ぬ

全滅時の音楽が無駄にハートウォーミング。あまりに聞く機会が多いので、陰惨な曲調でプレイヤーの気分を憂鬱にさせないための配慮なのかなんなのか。
 
・メッセージが書き逃げダイナミックに大雑把。ひとつの街あたり1人しか会話してくれる人がいないのに、そいつのセリフが「うそ臭い噂が聞きたいなー」だけだったりする。しかもそいつの顔が、自分のプレイでは味方のエースになっているヤクザとデザイン使いまわしである。

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↑どうでもいいセリフをのたまう街の人と、わが軍を支えるヤクザ。vitaの画面を筆者撮影。
 
・ほか「(情報はないけど)すごくなにかありそうな場所」という名称の場所だの、ある地点を進む際の選択肢が「ぶっ倒す」と「踏み倒す」しかないだの、いろいろぶっ飛んでいる。

・でも面白い。どう表現していいかはわからないけれど面白い。
 
・アマゾンで初期に☆5のレビュー付けてたやつらが、ゲームの形容しがたい面白さを語ろうとして勢いが数周回ってしまい、「開発陣に栄光あれ!」とか「河津さん(※制作者)ありがとう!」とか「これは芸術だ!」とか意味不明なコメントを発するに至っている。ツイッター見たら面白さに感極まって泣いてるやつもいる。
 
・だが、私自身も彼らと同意見である。
 
・他のアマゾンのレビューも、みんな口をそろえて「万人にはおすすめできないが」「実際にやってみないと伝わらないのだが」と書いており、なのに☆5を付ける。
 
・やはり私も同意見である。
 
7000円のサガをやるためだけに2万円出してPSvitaを買ったとか言ってるヤバいやつらも多数。
 
・だが、私も同様の行動をとっている。しかも2014年に制作が発表された時点でvitaを買ったら、それから2年間も発売されず長らく宝の持ち腐れであった。
 
・制作発表当時(2014年12月)にテンションが上がりすぎて、週プレの編集部に頼み込んで制作者の河津さんのところに押しかけて自分がインタビューした内容をいま読み返してみたら、そこで語っておられたまんまの要素がゲームに反映されていてぐっとくるものがある。

・余談ながら、中2の冬にVジャンプのロマサガ3特集の記事を読んで以来あこがれていた人にインタビューできる仕事ができて、ああ俺生きててよかったなあとかいろいろ考えたら、質問の第一声が思わず涙声になってしまい河津さんがコンフュを食らった顔になっていた(※当たり前だ)のだが、なんかそんなことも思い出してぐっとくるものがある。

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↑安田峰俊「『SaGa』発売25周年で創造神・河津秋敏が明かす制作秘話」(週刊プレイボーイ)
 

とにかく頭がおかしい素晴らしいゲームなので、みんなvitaごと買ってやってみやがれと思います。

 
サガ スカーレット グレイス - PS Vita
スクウェア・エニックス
2016-12-15








ちなみに私は1995年に発売されたロマンシングサガ3をいまでもたまにプレイしていて、仕事場にスーファミのROMが2個置いてあります。

WELQ問題と「フリーライターになる方法」

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昨日12月27日にメルマガの最新号を出したところ、メインコンテンツとは別の部分の「雑記」にやたらに反響があったので、ブログに載せてみることにする。

近ごろ話題のWELQ問題、オチのない話ながらこういう感想もあるということで……。

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プロ野球チームを保有する大手IT企業DeNAが、医療情報サイトwelqをはじめ複数の情報サイト上で、転載に近い内容を含む不確かな記事を多数配信していたことが問題視されている。

同社はウェブサービス上で、一文字1円以下という極めて安価な報酬て記事執筆者を雇い、ネット上の既存の情報を参考にまとめさせていた。Googleなどのアルゴリズムを研究し、正確性に欠けた大量の医療関連記事を検索エンジンの結果上位に表示させ、アクセスを集めていたとされる。

法的には"グレー"の範囲におさまる行為とはいえ、道義的には問題が多く、また原稿も他サイトの情報をつまみ食いするパクリに近い手法によって作成されていた。事実上のパクリ原稿の製作過程をマニュアル化してライターに通達し、組織的に反道義的な原稿を量産させていたとも指摘されている。




ちなみに、この手の記事の執筆者は「ライター」と呼ばれてはいるが、彼らの仕事内容は、足を使った取材や文献調査などが必要とされる出版社系のウェブメディアや雑誌に寄稿するライターのそれとは大きく異なる。その仕事は、人工知能の技術がもう少し進捗すれば代替が可能な種類の「作業」であり、実質的には単純労働者に近い。

往年、母さんが夜なべ仕事でおこなっていた1台5円のチョロQの組み立てのようなお茶の間の内職が、現代風にデジタル化されたものだとイメージしてもいいだろう。下記の記事を読めば実態を想像しやすい。


こうしたデジタル内職の従事者たちに対して、発注者側は単純労働者を「ライター」、機械的作業を「執筆」、文字データ製品を「原稿」といったギョーカイっぽい名称に置き換えることで、薄給で単純作業を受注する人々に擬似的なやりがいを与えようとする。受注者側もまた、将来の「ライター」としての飛躍を漠然と夢見て、劣悪な文字情報の作成と拡散に精を出すのである。

ちなみにこうして作られた記事の責任の所在については、DeNAをはじめ「『誰でも登録して記事を書ける』というような仕組みになっていて、書いた記事の法律上の責任などはライター個人が背負う、みたいな形に規約上なっている」(byヨッピー氏)という。

単純労働者を薄給でやりがい搾取し、トラブルが発生すればトカゲの尻尾切りという、わが国のあちこちでよく見られるいつもの構図だ。

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さて、本件は中国とほとんど関係がない。私がこのニュースにわざわざ関心を示したことを不思議に思われる方もいるはずだろう。

しかし、実はこの話は個人的には非常に複雑な気持ちになるのである。なぜなら私自身、かつて数年間にわたって、この手のデジタル内職の仕事を手掛けていたことがあるからだ。

ちょうど10年前の2006年9月、私は月収十万円足らずの塾講師のアルバイトで食いつないでいた。もともと学生時代から文章に関係した仕事をしたかったが、就活のときに上京して新聞社や出版社の入社試験を受けるだけのお金がなく、実家に近い京都の部品メーカーの国際営業部に就職、やはり合わなくて5か月で辞めてしまっていたからだ。

ライターになりたいが、その方法がよくわからない。ひとまずAmazonで樋口聡の『フリーライターズ・マニュアル』を買って読んでみると、「駆け出しのうちはどんな仕事でもやれ」と書いてあったが、私の地元の滋賀県には出版社など皆無であり、そもそも駆け出す以前の問題だ。一昔前なら、ここで諦めるか、一念発起して上京するかのいずれかを選ぶことになっただろう。



だが、デジタルっ子であった私はとりあえずネットで検索してみることにした。すると見つかったのである。「ライター募集」をうたうネット掲示板とか、当時流行していたmixiのライター募集コミュニティとか、そういうのだ。驚くべきことに、出版社との繋がりが一切ない経験ゼロで地方在住のライター志望者でもウェブ経由で仕事を発注してもらえて、未来につながるキャリアアップができるという。

いざ実際に応募してみたところ、肩こりを予防できる健康法について書けとか消費者金融のお得(?)な利用法について書けとか、いかにもうさんくさい内容の案件を打診されたが、私はライターになりたかったのでやってみることにした。

これらはどうやら、SEO対策を施したアフィリエイト収入目的のブログや、ネット上で有料販売される情報商材に掲載することを目的とした文章らしく、多くは1文字0.5円~1円くらいの仕事であった。

もっとも、怪しい健康法であれサラ金の利用法であれ、まったく知らない分野についてきっちり下調べをして確実な情報を書こうとすれば、慣れないうちは2000字くらいの記事でも2時間ほどかかる。時給に換算するとわずか500円だ。

(※はるか後になって知ることだが、ほんらい出版業界において記事の原稿料は、原稿用紙1枚か誌面1ページあたり、もしくはウェブ記事の場合は1本換算が普通である。まともな原稿について「1文字〇円」という不思議な計算方法がとられるケースは、翻訳などを除きまず見られない)。

当時はまだ、この手の記事を発注しているのは零細のウェブ企業(かどうかすらも疑わしい謎の何か)ばかりであり、現在問題となっているDeNAやサイバーエージェントのような大規模かつシステマティックな発注はなされていなかったと思う。

ただ、私のようにコネも技術もなければ相場感覚も知らない物書き志望のアホなワナビーを「ライター」だとおだてることで、格安で文字データ(“原稿”とさえ呼べない)を提供させる方法は、この時代にすでに確立しはじめていたようだ。

wannabee

 
こうした仕事に対して、受注側がとれる戦略は決まってくる。下調べや文体の吟味の手間をはぶいて制作スピードをアップさせることと、内容を薄めて文字数を増やして支払額を少しでも引き上げることだ。また、一気に大量の案件を受注することで、薄利を分量のボリュームで補うという、鴻海精密工業の中国工場が1台4ドルの加工賃でiPhoneを何百万台も組み立てるような手法も取らざるを得ない。

私の場合、(さすがに良心がとがめたので他サイトの丸ごとのコピペはやらなかったが)クオリティを無視すればほどなく1000文字を最速15分くらいで書くようになった。

しばらく経つと、仕事を上手く回せるようになり、単価のやや高い仕事だけを狙って取るようになったので、仕事の質と制作時間を値段相応に上げなおすことができた(ちなみに良心的な価格で発注してくれたある会社には人徳のある人がおり、いまだに苦労していたころの心の師匠として感謝している)。

やがて半年ほど後、1本1000文字あたり数千円の仕事を400本くらい一気に受注し、今度は自分がライター掲示板で発注する側になってネット上のライター志望者たちに1文字0.8~1円くらいで文章を書かせて、差額を(もちろん税金は引いた上だし、私もリライトの労働はおこなうのだが)まるっぽ儲けたこともある。

※もっとも、さすがにそこまで旨い話は1度しかなく、その後は基本的には書く側ばかりであった。



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その後、私は2007年春に上京してから3年間ほど、退職が事実上禁止されていて住居費交通費の手当もない月収18万円の非正規の職場での勤務(←つまり2度目の就職も失敗したわけである)を余儀なくされた。さいわい時間の余裕だけは比較的あったので、上記のような自称ライター生活を引き続きおこなうことにした。

東京には出版社がたくさんあるっぽかったが、彼らは私の日常とは隔絶した雲の上に存在する謎の組織である。言うまでもなく私はそこにアクセスする手段を持たなかったので、編集プロダクションという下請け会社を経由して1000文字あたり3000~5000円ぐらいの原稿を書くようになった。コンビニに売ってある500円くらいのムックの最後のページを見て、小さな文字で「編集・制作」とか書いてある会社に電凸すると外注の仕事をもらえるのである。

ほか、上記のネット原稿の仕事も、単価がやや高そうな案件だけを選んで並行して続けた。編プロ経由の仕事ではエロ記事も裏モノ系のアングラ潜入記事もネトウヨ煽り記事も書いたし、ネット記事ではパワーストーンの効能や占いの結果なんかも書いた記憶がある。「萌えあがる募集若妻」というAVのシリーズのレビュー20本くらいを一晩で書いたときは言いしれぬむなしさが心にこみあげたが、就職に2回失敗して履歴書を汚したライター志望のフリーター(しかも奨学金による数百万円の債務持ち)というのは我ながら明らかに社会的にダメな人だと思ったので、まあ仕方ねえやと納得していた。

(ちなみに2008年の夏にテレビで北京五輪を見ながら書いた三国志のコンビニ売り歴史ムックの原稿が、私の中国関係の最初の仕事である。あのときは結構うれしかったものだ)

ただ、以前よりはランクアップしたものの、下請け会社経由の仕事は未来がなさそうだったし、自分の名前が紙面に大きく載るような署名記事を書く機会もまず訪れない。モヤモヤしながら、ひとまずブログをやってみたところそれが大当たりし、途中から書籍化を狙って更新し続けていたら、2008年の末にフリー編集者の堀田純司さんから講談社で本を出さないかとオファーをもらった。

その後も担当編集部が2回連続で潰れたりとか紆余曲折があったがひとまず割愛し、2010年に『中国人の本音』(講談社)を出版する。やがて、私はいつの間にか大手の出版社からダイレクトに記名の原稿を頼まれるようになり、取材費をつけていただいて中国や台湾に出張に行けるようになり、好きなことをノンフィクションのテーマに選んで自由に書けるようになって、奨学金も繰り上げ返済して現在に至っている――。

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↑2015年5月、小学館『SAPIO』の取材で陝西省に行った際、寄り道して兵馬俑をはじめて見ました(写真は安田撮影)。


とまあ、私はそういう迂遠すぎるプロセスを踏んで一応はプロの物書きになった。それゆえに、昨今のwelqの話はどうしても複雑な思いが先に立つ。

『はてな』などを見ていると、welqに寄稿するようなウェブライターを「本物のライターとは呼べない」とバカにするような意見が目立つ。そして、これらの指摘は圧倒的大部分において事実である。ただ、私自身がそういう世界をスタートにして(おそらく)”本物のライター”と呼んでよさそうな職業に就いた人間である以上、心の中でかのワナビーの群れを弁護したくなる気持ちも沸く。だって、地方に住んでいたり、育児や介護など生活上の負担が存在したり、就職先選びに失敗したりして業界とのコネも知識もまったく持っていない弱き者は、こうでもしないとライターを名乗れないのだから仕方ないではないか。

一方、DeNAに対しても思うところはある。曲がりなりにも上場企業が、他所の情報をつまみ食いしてコピペする作業を組織的に推奨したという、オリジナルの情報源(著作権者)に対する権利保護意識の甚だしい欠如はまったく弁護できない。ワナビーの夢を利用したやりがい搾取的なビジネスも明らかに悪辣だ。ただ、かつては似たような仕事に携わっていた者としては、「上手くやったなあ」「大企業がやればあそこまで大々的にやれるものだったのか」という気も多少はしなくもない。

出版業界が先細りして「まともな」寄稿先が減る一方で、ワナビーの絶対量は決して減ることはない。しかもネットが普及したことで、検索エンジンにヒットすることを目的とした極度に安価な文字データの需要だけは高まった。加えて良心を捨ててコピペまがいの手法を駆使すれば、情報の入手にかかる時間と金銭のコストを限りなくゼロに近づけられるようにもなった。

昨今のキュレーションメディア問題というのは、こうした過渡期の時代の鬼子なのだろうと思っている。


 


……ちなみに以下は余談に余談を重ねる話ながら、4か月ほど前にある全国紙の文化部から「現代のノンフィクション作家の『書き続ける』理由」というテーマで取材を受けたことがある。

そこで私がノンフィクションの書き手になった経緯を尋ねられたので、上記の話を身を乗り出して述べたところ、上品な文化部の記者氏が傍目にも明らかにドン引きしてしまい、現在にいたるまで私のインタビュー記事が某クオリティペーパーに載る気配がさっぱり見られない。

だが、現実とは往々にしてそんなものだったりするのである。



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